滝風 「何故嘘をつくの?」 窓辺に頬杖をつく彼に訊いた。彼はゆっくりと振り返って微かに笑う。 「そうしないと生きていけないからですよ」 幾度訊ねようと、返ってくる答えはいつも同じ。 「どうせ空言のない世界など在りはしないのだから、正直に生きても何の意味もない。……この世界に生きる限りはね」 そう言って彼は、窓の外のよく晴れた空を見上げた。透き通るような色の空を。瞳は確かにそれを映しているのに、心だけがどこか別の方を見ている気がした。 「……あなたは、苦しいのね。この世界で、息ができなくなりそうになってる」 それほどに、彼にこの空気は痛いのだろうか。ただ一つの真も拒絶するほどに。 「……そうかもしれませんね」 そう言って口の端だけで笑う彼の瞳は、どこか冷めた光を宿していた。 本当は、あなたの目は誰も映さないのでしょう? 誰の心も見ようとしないから、己の心さえ偽りで飾る。 「世界で、自分が独りきりだとでも思ってるの?」 私が放った言葉に彼が口を開く前に、声を大にして続ける。 「思い上がらないで」 どれほど叫んでも、彼に届くことなどないのに。 彼は僅かに驚いたように目を見張ると、嘆息と共に薄い笑みを浮かべた。 「……有難う」 その言葉に、はっと顔を上げる。けれど、彼の双眸を捉えた瞬間、私は思い知るのだ。彼の心に触れることなど出来はしないのだと。 だから、私はただこう言うしかなかった。 「……嘘つき」 自分が酷く、情けない顔をしている気がした。どうして、こんなにも痛い。 いつか、彼が求める世界を見つけることが叶うのだろうか。もしそんな世界が存在するなら、きっとそこに私はいないだろう。 今日も明日もその先も、彼は嘘を重ね、そして笑う。――それが永遠だとするのなら、彼は。 なんて哀しく、孤独な虚言者。 JACKPOT62号掲載 背景画像:10minutes+様 |