ウェールズプロポーズ

           涼露

 これは地球から遠く離れたとある星での出来事。どれくらい遠く離れているかというと、まあ人間の肉眼では見えないくらいの惑星でのお話です。


「姫様! 是非私と結婚してください!」
「いいえ姫様、私と!」
「私には姫様が必要であります! 是非とも私を!」
「このような下品な連中ではなく、私を!」
 ここは王宮の一室。立派な椅子に座った姫の前、階段で二、三段ほど下に下がった床に、四人の人物が膝をついてそれぞれにアピールしています。
「みんな、そんなに私のために争わないで! どんなことを言われても、私はあなたたちから誰か一人を選ぶなんて、できないの!」
 ちなみに、立派な椅子のうえで四人に言い寄られている姫は、タコ。
「そのようなことを申さないでくださいませ!」
「私は姫様でなければならないのです!」
 そして、跪く四人も、タコ。
「どうか私を選んでくださいませ!」
 丸っこい頭から八本の足が伸びる、タコ。
「姫様には、私以外考えられません!」
 言い寄る四人は、兄弟なのです。長男ファイリヤ、次男ダルディクル、三男トーゼ、四男フォルシオン。
「……では、私の望むものを無事、持ってこれらた者と、私は結婚いたします」
 某竹から生まれたお姫様のお話と似た展開になってまいりました。しかしこの場合、千年以上前の作者不明の作品からの引用なので著作権がどうといった問題は無視しちゃって構わないのです。
「我が星の宇宙航空技術は、ついに光の速さを超越して飛べるほどになりましたね? そこで、前々から確認されていた、地球なる星に行ってみてほしいのです。我々と同程度の知的生命体が存在するということくらいしか分かっていませんが、そこにある素晴らしい物を、持ってきてもらいたいのです」
 要約すると、プレゼントを採って来い、と。
「しかし姫様、お言葉ですが、地球までは今までの光の速さの三倍程度という速さでは、何年もの時間がかかってしまいます。そのような長い間姫様にお目にかかれないなど、私は気が狂ってしまいそうです!」
 ファイリヤが大げさな身振りをまじえて言います。
「それは三ヶ月前のお話。詳しくは分からないのだけれど、電子がどうのこうので、今ではさらに速くに進むことが可能になりましたわ」
「なるほど、さすがは我々の星の科学者ですな!」
 ダルディクルが感心したように頷きます。
「して、何をお持ちすればよろしいのでしょうか?」
 トーゼが身を乗り出して訊きます。
「そうねえ…・・・。ファイリヤ、あなたには気持ち良い物。ダルディクル、あなたには可愛らしい物。トーゼ、あなたには美味しい物。フォルシオン、あなたには美しい物を、それぞれ持ってきてもらうわ」
「むぅ……簡単なようで難しいですね」
 フォルシオンが頭を抱えます。
「では、お願いね、ジェントルマン」
「お任せください!」
 四人は声を揃えました。

 円盤型の宇宙船に乗り込んだ四人は、それぞれ地球めがけてワープを開始します。地球までは約一ヶ月の長旅です。


 長男ファイリヤは、潮の香り漂う漁師町に着陸しました。
「ここはどこなのだろう……?」
 見慣れぬ地で、彼は戸惑います。
「ふむ……、そこそこに発展はしているようだな」
 見回した彼の目に飛び込んでくるのは、海と、コンクリートの港と、木とトタンで津作られた簡素な建物。
「気持ちの良い物とは……ううむ、いったい何を探せばよいのだろう?」
 何がいいかなんて、もちろん見当もつきません。とにかく、宇宙船から出て、歩いてみることにします。
「重力が若干大きいな。移動に予想以上に体力を消耗しそうだ……」
 長々と探索活動はできないな、と確認した彼の目に飛び込んできたのは、転がっていた壷。
「何だこれは……? 硬いな。皿にしては入り口が小さすぎる。何かを入れる物ではありそうだが、うーむ……」
 と考えるうちに無意識にその中に入って、ふと思うのです。
「こ、これは……気持ち良い!」
 ファイリヤが入り込んでもはや蛸壷と化した渋い壷。彼はこれは中に入って気持ちを落ち着かせる物だと思ってしまいました。
「姫様、今これを、お持ちしますぞ!」
 転がりながら宇宙船へ到着。苦労して搭乗。円盤型の宇宙船は地球の重力をものともせず、浮き上がります。
「はははは、あっさりとこんなにも素晴らしい物を手に入れてしまった! 弟達よ、せいぜい頑張るがいい!」
 ファイリヤは上機嫌です。
「それにしても気持ちが良い。……着くまでのあいだ、入っていよう」
 壷に入り込みます。
「おっとそうだ、ワープを作動させねば。……ん? あれ? 抜けんぞ? ……なななな、なんと、本気で抜けないぞ!」
 そのままファイリヤは、延々と宇宙空間を漂うこととなりました。


 次男ダルディクルは、人ごみ溢れる街中に降り立ちました。
「なんて騒々しい星なんだ……。しかしこれはなんと……我々の星よりもさらに発展しているのではないだろうか……?」
 ぎらぎら光る看板や、道行く人々のファッションなど、それはダルディクルを驚かせました。
「見ろ! あれはもしかして宇宙人じゃないか?」
 一人の若者が叫びます。
「何ぃッ!? 見つかった!」
「きゃあ! 本当だわ!」
 若者がドッと押し寄せてきます。無理もありません、直立二足歩行の人間のなかに、真っ赤な八本足のタコがいるのです。ダルディクルも、異星人を見かけたら押し寄せるでしょう。
 というか、危険です。逃げようとした時、
「しゃ、写メ撮ってください!」
 どこからか一人の若者が叫びます。それにつられて「俺も!」「私も!」という声が続々と上がります。
 『写メ』が何かを知らないダルディクル、当然逃げようとしますが、如何せん人ごみの真ん中、逃げられません。たちまち捕まって、パシャーとかカシャリッという音を浴びせられます。
 そんな騒ぎが三十分ほど続いたでしょうか、なんと人々がどんどん離れていくのです。
 ダルディクルは解放されました! これも飽きっぽい人間どものおかげです!
 天と姫に感謝しつつ、ダルディクルは可愛らしい物を探し……
「な、なんて、可愛らしいんだ……」
 あっさり見つけてしまいました。それは、電信柱の影からひょっこりと顔だけのぞかせてダルディクルを見つめる、小さな子犬。目があってしまったダルディクルはもう、我慢できません。
「お、おいで!」
 子犬はキャンキャン鳴きながらやってきました。
 ペロペロ舐められつつ、ダルディクルは宇宙船に乗り込み、連れ帰ろうとしました。

「もうすぐで到着だからね。長旅疲れたろう? そろそろ見えてくるんだよ、僕らの星が。そこにはねえ、僕が愛してやまない姫様がいるんだ。君も見たらきっと心を奪われちゃうかな。君もとっても可愛らしいけど、やっぱり姫様にはかなわないかな」
 愛しい姫様のことを話しながらダルディクルは子犬を振り返ります。
「……なっ!?」
 言葉を失います。
「ちょっ、ちょっと待て! なんで君はそんなに大きくなって、そして可愛らしくなくなってしまったんだい? それにどうして君は、よだれを垂らしているんだい? さらにどうして君は、そんな危ない目で僕を見つめているんだい? あ、あっ、待って! 待って襲いかからないで! 僕を食べても美味しく……ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁ」

 ダルディクルは、星に帰ることはありませんでした。


 三男のトーゼは、人里離れた山の中に着陸しました。
「なんて青々しいんだろう……」
 トーゼは木々の木漏れ日に目を細めつつ言いました。暖かく柔らかな日差しがトーゼを優しく包みます。
「さあて、美味しい物を探さないとな。姫様に喜んでもらえるような素晴らしい物を見つけないと」
 トーゼは歩き出しました。
「おお、あれは美味しそうだ」
 ふと上を見上げたトーゼは早速美味しそうな果物を見つけました。
 シュパーン
 光線中で落としました。
 しゃりしゃり……
「うまい!」
 トーゼが落として食べたのは、真っ赤に売れた林檎でした(○田くん、林檎ネタ借りるよ)。
 これを持って帰ろうと思ったのですが思いとどまり、他にも美味しい物がないか探し始めました。
「おお、あれは美味しそうだ」
 それは、落ちてた袋で、その中身はジャガイモを薄くスライスして油で揚げて塩をふりかけた、つまりポテトチップスでした。
「う、うまい! しかし、量が少なすぎる。私が食べただけでもう残りがなくなってしまった」
 食べかけだったポテチはすぐになくなりました。
「おお、あれは美味しそうだ」
 トーゼはまたもや美味しそうな物を発見しました。
 先ほどの林檎にも負けないくらい綺麗な赤、そのうえ綺麗な模様。にょきっと曲がった足の上にちょこんと傘が乗っかった可愛らしい……、きのこです。
「ん……? なんだか変な味が……」
 普通の人間ならまず食べないそのきのこを、トーゼは何の躊躇いも無く口に運びました。そして……
「ぷっ……ぷあはははっははははははははっははは!」
 笑い出しました。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 もう止まりません。
「けははははは、と、とにかく宇宙船へ戻ろう! あははははは、ど、どれ押せばいいんだ? うはははは、こ、これだな! えい!」
 ちゅどーん

 トーゼは地球から脱出することはありませんでした。


 四男フォルシオン、彼はワープすることなく、元の星へ帰ってきていました。
「フォルシオン、あなたは私との結婚をお諦めになったのですね?」
 悲しそうに姫様は言います。
「いえ、私はもうすでに、見つけてしまったのです。いえ、私には見つけることなどできないのです。姫様は言いました、美しい物を持ってこいと。しかし、そのようなことできません。私はこの宇宙で何よりも美しい物を見つけてしまっている。私は、地球で何を見ても、美しいとは感じることができないでしょう」
「いいえ、あなたは何も見つけられていないわ」
「いえ、私は大切な物を見つけてしまいました」
「それが何か、申してみよ」
 ファルシオンは少しの間を置き、
「あなたです」
 と、言いました。
「ま、……まあ」
 姫様はもとから真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせました。
「今宵、結婚式を挙げましょう、フォルシオン様……」

 フォルシオンと姫様は、国務に追われながらも、幸せに暮らしたそうです。