イブの誓い

          涼露



 お久しぶり、村井健一です。夢のような悪夢のような喫茶店から二週間。今日は十二月二十四日クリスマス・イブ、ついでに言うと僕たちの高校の終業式の日です。
 僕たちの高校では毎年二学期の終業式の日は午前中にクラス単位でのレクリエーション、お昼にケーキが一人一つずつ配られ、それを各自が持ち寄るクリスマスバージョン、ちょっと豪華なお弁当と一緒に食べ、午後に終業式を終えて家路に着くという日程になっています。
 
今までのレクリエーションといえば、クラス別々にクイズやサッカー、はたまた告白なんかもやっちゃうモノでしたが、今年は違います! 今年はいつもあまり親交のない他クラスと合同なのです! ……それだけですよ。
 僕たち二組は五組と一緒にやることになっています。種目はドッヂボール! ……高校生なのに……。
 しかし! たかがドッヂボールと侮ってはなりません。これは美雪に男を、いや、漢を見せる絶好の場なのです! バッチコイ!

 寒いのに体操服に着替えて外に出ることになったのに誰も文句を言い出さないのは何故だろうと少しばかり疑問に思いますが、きっと男子はいいところを見せたくてうずうず、女子はそんな男子に守ってもらいたくてワクワクしてるんです!
 「美雪、頑張ろうな」
 僕は美雪に「守ってやるからな!」というメッセージを伝えます。
 「うん、頑張ろう」
 美雪が「ありがとう、大好き!」と返してくれました。やる気二百パーセントアップですよこれは!
 「あっ、亜美ちゃん!」
 と、美雪が五組の生徒を見つけて声をかけました。美雪の友達なら僕も顔くらい見せておこうと思ったらッ!
 「あ、美雪ちゃん。そういえば二組だったんだね。お互い、頑張ろう」
 と微笑む体操服姿の女子生徒、元メイドさんがいるのです!
 「え、えぇぇぇぇ!」
 当然驚きを隠せない僕に対しメイドさんは
 「あ、健一さんも。いつもお話は聞いてますよ」
 と、見る者全てをどうにかしてしまいそうな微笑を僕に投げかけ、
 「では、お手柔らかに。美雪ちゃん、ばいばい」
 と、猫耳も尻尾もついてない後姿で五組のみんなのもとへと帰っていくのです。
 「亜美ちゃん。いつもメイドさんやってる娘」
 僕が訊く前に美雪は答えてくれます。やっぱり美雪はよく気が利くいい娘です、うん! 
「おーい、村井! 前田! 始まるぞ!」
 学級委員の松本の声で僕たちがコート内に入ると間もなく、ゲームは始まりました。
 ゲームは苦戦を強いられました。
 五組男子の巧みな連係プレーにより次々と斃れていく男子達……、張り切って女子を守りすぎです。
 「えい!」
 早川さんの一投、可愛らしい掛け声からは想像しづらい速球が五組の女子達を襲います。
 「うわぁ!」
 ……彼らも男です。五組の男子(名前も知らないので生徒A)一人が犠牲になりました。
 それを拾った男子(同じく生徒Bで)が我らが二組の女子達に速球とはいわないものの、なかなかのスピードを持った球を投げつけます。本気で投げてたら殺すぞお前!!!
 それを画面外から横っ飛びジャンプ、見事木村がキャッチします! そして外野へロングパス。受け取った松本(こいつは頭はいいが運動神経はイマイチというエリートタイプなので普通に当てられてました)が本気の一投。目、瞑ってないか? 本気で投げたはずの松本の球はあまり速度に乗らず、そんな球に五組男子生徒は食いつかず……
 「痛ッ」
 女子生徒に当たって……
 「だ、大丈夫か三谷さん!」
 メイドさんこと亜美ちゃんに当たって……
 「うん、大丈夫だよ」
 言っちゃ悪いですがあの程度の球なら怪我なんてしようはずもないのですが、五組の男子生徒達はキレました! 僕も五組の中にいたらキレてます!
 「ゆ……許さんぞ二組! 我々男子の威信にかけて、絶対に殲滅だ!」
 ボールを拾った男子(生徒C)が本気の一閃、
 「きゃっ」
 って、美雪の方向!?
  「危なぁぁぁぁいいい!」
 やっぱり僕も横っ飛びジャンプ。
 しかし……目算を誤りました。
 腕で止めるはずだった球は、僕があまりにも馬鹿みたいなスピードで飛び込んだために顔に激突。……そのまま意識を失ってしまいました。


 「あ、起きた?」
 僕が目を覚ましたのは保健室の白いベッドの上でした。
 「あ……保健室……。あーあ、美雪にいいとこ見せようとして、とんだ恥かいちゃったな……」
 「そんなことないよ。……格好良かった」
 最後の方でテレちゃったのか、ちょっと声が小さくなっているのがまたなんともいえない可愛らしさを醸し出してくれます。
 「あれ……? もうこんな時間! お昼過ぎちゃってもうすぐ終業式ぢゃん!」
 「うん。一緒に、行こ?」
 そう言って美雪は僕の手をとって保健室をあとにしました。あと、やっぱりドッヂボールは全滅して負けたそうです。


 「……それでは、皆さん有意義な冬休みにしてください」
 長ったらしい校長先生のお言葉が終わってこれから解散です。
 それにしても、せっかく一緒に体育館まで来たのに生徒会役員をやっている美雪は僕たちと一緒にただ聞いてるだけの列にはいれないのです。
 まあ、僕は男ですから? 彼女のお仕事を手伝うのは当然なので、列を抜けて舞台裏、片づけを行う美雪のもとへと急ぎます。
 「あれ、健一? こんなところまで来なくても、教室で待っててくれたらよかったのに」
 そう言いますが、彼女は両手いっぱいにマイクやら何やらを持っていて、すかさず僕は持ってあげます。
 「ごめんね、手伝わせちゃって」
 「いいよ、美雪にこんなに持たせるなんてできないしさ」
  さも当然のように装い、一緒に体育倉庫へと歩きます。ちなみに、何故マイクなんかを体育倉庫に持っていくかというと、本来こういう物を持って行くべき倉庫には歴代校長の彫刻が恐ろしいほどに並んでいて置き場がないからだそうです。なんちゅー校長だ!
 さて体育倉庫、の隅っこに設けられた一角にマイクをしまい、出ようとしたときです。
 「え……?」
 ド、ドアが! 体育倉庫の扉が閉められてる!?
 「美雪!」
 慌てて美雪を呼びますと彼女は何故か奥の方でこっちこっち手招きしています。
 もしかして裏口があるのか? そんなことを考えていますと美雪が制服のボタンに手を掛けて……
 「せっかく二人きりだし……」
 ってちょっと待った! そ、そんな……、嬉しいけど僕たちはまだ高校生! まだ早い! ああ、もう三つ目……四つ目まで手を掛けた! 見ちゃ駄目だ! 見るんじゃない村井健一!
 両手で目を隠し、でもやっぱり見ちゃう悪い僕は見てしまうのです。薄っすら見える跳び箱や平均台。そんな闇にも負けない漆黒の何かが美雪の胸を覆っています。カタチはまさしくタンクトップビキニ略してタンキニ! って、何ジロジロ見てんだ僕は!?
 とか頭の中でツッコミを入れてる間に美雪はスルスルとスカートも下ろして、またもや漆黒のパンツ型の何やらが現れて……
 「実は私、悪魔なの」
 IYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
 突然のとんでも告白にビックリ仰天
 「あなたを、食べちゃいます」
 言われてちょっと嬉し……いや、怖い!
 気付けば美雪の頭には可愛らしい悪魔の耳、背中には悪魔の羽、手には三叉の槍が握られています。
 「ま、待て、待つんだ美雪!」
 「健一なら……私に食べられてくれるよね……?」
 迫る美雪、後ずさりする僕。しかしすぐにバスケットボールが入った籠にぶつかって絶体絶命! でも……美雪に食べられるんなら……なんて思っていたところで、状況は一変します。
 ズドーーーーーーン
 という謎の轟音と共に現れたのは何やら白い影。天から零れる光の筋、舞い降りてくる光りの天使、美雪です!
 「大丈夫健一! こいつ、私の格好をしたニセ者よ!」
 突然の天使版美雪の登場にまたまたビックリ仰天の僕。無残に壊された壁のことなんて忘れてしまいます。
 それよりも大事なのは天使美雪の格好! 胸元を覆うのは泡のようにキメ細かい雲(?)、それと同じ雲がスカートのように腰についていてひらひら揺れています。……ッ! 今際どいとこまで見えた!
 ヘソ出し羽付きの天使と悪魔は壊れた天井から外に出て空中で見合います。
 「健一を私によこしなさい! 彼は私が食べちゃうの!」
 ああ……なんか嬉しいけど怖い。
 「駄目! 健一は私が食べるの!」
 ちょっと待って! 天使さんも僕を食べるの!?
 「あーもううるさい! 黙りなさい!」
 突然謎の黒い球を発射する悪魔美雪!
 「こんなもの!」
 負けじと光の球を繰り出し応戦する天使美雪!
 二つの球が二人の間で衝突、壮大な爆発音が響きます。……なんで誰も来ないんですか、学校の皆さん?
 「こうなったら……最終兵器よ!」(悪魔美雪)
 早ッ!(僕)
 「ふ……予想してたわ。負けないわよ!」(天使美雪)
 ええっ? このタイミングで最終兵器って出るもんなの?
 驚く僕をよそに二人の美雪は己の力をそれぞれの武器に集中させます。
 「「はぁぁっ」」
 同時の叫び声、僕にはどうもさっきと同じ球が飛んでったようにしか見えなかったんですが、何故か二つの球は二人の間で衝突し、さっきよりも何重も大きな爆発音! 僕は吹き飛ばされ、そのまま意識も吹き飛ばされてしまいました。


「ん……」
 目が覚めたのは、赤く染まった教室の、僕の机の上。どうやら寝てしまったようですね……、いや、違う。
 バッと顔を上げ、あたりを見回します。
 黒板には生徒が描いたのでしょう、メリークリスマスやらハッピーニューイヤーやらの落書き。綺麗に掃除された教室内には無人の机が三十九。外は葉のない木々が並びますが教室内はまだ生徒達がいた温もりが残っていて寒くはないくらいの感じです。
 「健一……」
 どこからか聞こえる美雪の優しい声。振り向くと……
 「美雪!」
 「あ、よかった。元気そう」
 という美雪の……サンタのコスプレの美雪の声!
 いろいろ変な記憶が混ざってますが、今の美雪は……うん、夢なんかじゃない……よね?
 「心配したんだよー」
 そう言って近づいてくるサンタ美雪。うーん……トレビアン!
 で、なんか美雪の目がいつもと違うような……

 chu

 「え……」
 僕の頬にキスをした美雪はさっと教室後方のドアへと駆けて行き、
 「明日、楽しいデートにしないと怒るからね!」
 そう言って、顔を真っ赤にさせて出て行ってしまうのです。
 しばし呆然とする僕。美雪にキスされてしまった左の頬をさすってしまいます。
 いつまでも美雪が消えて行ったドアをいつまでも見続けながら思うのです。

 ありがとう、サンタさん。いつまでも……大事にするよ。
 
世界の誰よりも大事な美雪のために、明日のデートプランを頭の中で思い浮かべます。あそこへ行って、次はあそこで……。自分の計画にダメな部分がないことをしっかりと確認します。うん、大丈夫、のはず。
 あそこに行ったときは、ああなればいいな。あと、あそこではあんなことができたらな……。

でもやっぱり、これだけでじゅうぶんです。
 『美雪といっしょ。』