吹雪の雪山事件 涼露 |
例年どおりの蒸し暑い夏で、例年どおりにうるさかった蝉の鳴き声が、今は懐かしく思えた。 男が二人、女が二人。ここだけ見れば微笑ましいものもあるが、場所が場所である。四人が歩く……、というより彷徨うのは、文字通り前も見えないような吹雪の雪山。四人手をつなぎ、分厚いコート越しにつたわる凍てつくような吹雪から逃れる場所を探していた。そして、その想いは何時間歩いたかというところで、ようやく叶った。 容赦ない吹雪の向こうから微かな、しかし明らかに人工の光が漏れているのを、四人は見つけた。 山小屋に辿り着いた四人を出迎えてくれたのは六十過ぎと思われるお爺さんであった。野村と名乗ったその老人は、雪に塗れた四人を見るなりストーブの前に連れて行き、暖かいスープを用意してくれた。 「寒かっただろうに。明日になれば吹雪はおさまるだろうから、それまでゆっくり休んでおいき」 そう言われ、四人のうちの一人、肩にとどくくらいの髪の少女が 「ありがとうございます。ほんと寒くて、大変でした」 と、安心からくる微笑を浮かべながら言った。 「本当です。突然吹雪いてきて、死ぬかと思いましたよ」 そしてこちらも、長めの若干茶色に染められた髪の少年が、安心したような表情で怖いことを言った。 ここで彼らの紹介をしておこう。彼らは、某県某市の極々平凡な県立高校に通う、普通の高校生たちである。 最初に礼を言った少女は、村上彩。吹奏楽部の次期部長で、現在二年二組の学級委員をしているしっかり者の女子である。 そして二番目に、怖いことを言った少年は、吉野慎。帰宅部でバイトしたりゲーム買ったりゲーセン行ったりと遊んでばかりいるお調子者だが、二年二組のムードメーカーであり、クラスメイトからは人気がある。彩とは幼馴染で、小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしている。 そして、ストーブの前で力なくスープをすする女子、小山麗華。背中までのふわふわロングヘアーを揺らす、クラスのヒロイン的存在である。驚くべきところはこの麗華、会社社長の孫娘である。暖かいうちは大人しかったのだが十二月に入っていきなり寒くなると、雪山に行くわよ、などと言い出した破天荒娘でもある。 しかし言い出した本人のくせに今はぐったりしている麗華を支えてやっているのは、河原浩平。柔道部期待のエースで、その他スポーツは何でもできる、運動神経抜群の少年である。何故そんな彼が運動嫌いな慎と親友でいられるのかは諸説あるが不明である。 山小屋到着からおよそ二時間後。 すっかりよくなった四人は夕食の席についていた。メニューは全員ビックリのステーキ。それにパンとサラダ。 「二週間にイッペン、息子らが食材をドンと送らせてきてくれてなあ。ほら、辺り一面天然の冷蔵庫みたいなもんだ、ははは」 と、野村さんは愉快そうに笑った。 「若いモンと話せるのは久しぶりだ。さあ、遠慮なく食べておくれ。生憎ステーキのおかわりはないが、他の肉や魚ならあるからな」 そういう野村さんは本当に楽しそうで、お礼になるかどうかは分からないけれど、いろいろ話そう、と四人は思い、 「「いただきまーす!」」 と食べだした。 「っちょ、これ旨い!」 いきなり慎が言い、 「ほんとだ、すっげー」 と浩平も頷いた。 「いい肉だとは言っていたんだが、どこの肉だったかなあ」 二人の反応に満足気な野村さんが本当に忘れたように言い、 「いいんですか。高いんじゃないですか?」 と、彩が心配そうに言い、 「大丈夫だよ。さっきも言ったとおり、君たちと話せる代金だと思えば安い安い」 談笑は続いた。 食後、疲れたからと麗華が用意された二階の一室に浩平に付き添われて戻った後、麗華を除いた四人はトランプに興じていた。もとは麗華の雪山の別荘で遊ぶために持ってきていたもので、麗華の別荘でも活躍し、今ここでも活躍することとなった。野村さんは麗華のことを最初は心配していたのだが、騒がしいくせに体の弱い彼女のこと、いつものことだから大丈夫と説明してからは笑顔でトランプを楽しんだ。 野村さんは会社の社長をやっていて、数年前に息子に社長の座を譲ってからは、昔から好きだった雪山での生活をすることにしたらしい。 夜も更けてきてそろそろ就寝、お風呂は吹雪く外にあるので使えないけど、そもそも囲いがないドラム缶風呂だから彩は入れたとしても入らなかったが、とにもかくにも明日の下山に備えて十分睡眠をとっておくことにした。 与えられた部屋(彩と麗華で一部屋、慎と浩平で一部屋)に戻ろうとした慎と浩平の耳に、彩の悲鳴が届いた。驚いて彩の部屋に駆けつけると、部屋の前で彩が蒼白な顔で突っ立っていた。 「ど、どうしたんだよ……、まさか!」 その真っ青な顔に慎は最悪の状況を巡らせ、 「う、うん……」 彩は涙を流しながら頷いた。 「な……、なんで……」 慎の後ろで、浩平が愕然とした面持ちで膝から崩れ落ちた。吹雪の山小屋、誰も近づけない陸の孤島、そこで起こった事件。まさしく、どこぞの超監督が(以下略)。 悲鳴を聞き野村さんが遅れてやってきた。 「ど、どうしたんだ?」 さっきの悲鳴、三人の表情、ただ事ではないことは一目で分かった。 「あの子、小山さんに何かあったのか?」 おそるおそる聞いた野村さんに慎が 「ええ。麗華が……、麗華が……!」 搾り出すような声で言った。 その場に暫しの沈黙が流れる。 そしてその静寂を彩が静かに破った。 「野村さん。犯人は、あなたですね?」 全員一瞬ポカーンとし、意味に気づいて慎と浩平が「ええっ!」と驚き、野村さんは「な、何だと!」と一歩後ずさった。 「あなたは麗華の料理にだけ何か入れたのね? なんで? 麗華が何かした? 確かにあの子はワガママで他人のことなんて考えられない子だけど、でもとっても優しいのよ? そんな麗華にあんなこと……、許せない!」 「い、いや、ちょっと待ってくれ。たしかに料理を作ったのは私だが、運んでくれたのは君たちじゃないか」 野村さんは冷静に指摘した。 「そ、それは……」 「それに、普段どんなワガママだったとしても、今日見る限りじゃとても優しい子だったじゃないか。……そんなことする理由がない……」 自分の山小屋でこんなことが起こってしまったショック、自分が疑われたショックから、野村さんの声はだんだんと尻すぼみになっていった。 「そ、そうですよね! とっても親切な野村さんがそんなことするはずないですよね!」 彩は必死に愛想笑いをして、 「じゃあ犯人はあなたよ、河原君!」 突然クラスメイトを疑いだした。 「あなたは気分が悪くなった麗華を部屋に連れて行って、そこで襲ったのね!」 「そ、そんなことするわけないだろ! 大事なクラスメイトを、いや、大事な麗華にそんなこと!」 「そうだ! 俺の親友がそんなことするわけねえ!」 浩平が否定し、慎も浩平を信じた。 「でも、それ以外に考えられないじゃない! じゃあ、連れて行ったとき、何があったか詳しく話しなさいよ!」 「ぐっ!」 浩平が分かりやすく動揺した。 「な、何かあったのか……?」 その親友が動揺する姿に慎も驚きを隠せない。 「言えないなら、決まりね……」 彩が悲しげに、しかしきっぱりと言い切った。 「……わ、分かった、話す」 浩平は静かに語りだした。 「部屋に連れて行って、大丈夫かって声かけて……、そしたら麗華が、ありがとうって言ってくれたんだ。その顔が、すげえ可愛くて、どうにもならなくて、思わず抱きしめたんだ。そしたら、そしたら……、麗華も腕を、背中に回してくれて、そんで、ずっと好きでしたって告白してきたんだ。俺、そんなの言われるの初めてで、何て言っていいか分からなかったんだけど、でも、俺も……、俺も麗華が好きだったから、ちゃんと伝えたんだ。……そ、それだけだぞ! べ、別にやましいことなんてしてねえ! 絶対だ!」 浩平の話が終わって、野村さんは若いっていいねえ、って顔をして、彩と慎はつーかまだ告白してなかったんだ、付き合ってると思ってた、みたいな顔をした。 そんな微妙な静寂が、愕くべき闖入者によって破られた。 ドアが開いて、麗華が現れたのだ。 「な、なななななな、れ、麗華!」 慎と浩平は彩の言動から既に殺されていたと思っていたクラスメイト(浩平からすると彼女)の登場に愕き、野村さんは声すら出なかった。 「ど、どうしたの?」 その場に全員揃っていること、そして彩を除く男性陣三人が揃って顔に驚愕の表情を貼り付けていることに麗華は目を丸くして聞いてきた。 「ど、どういうことなんだよ彩! 麗華は、殺されてたんじゃなかったのか!」 慎は彩に説明を求めた。 「え? 私、殺されてるなんて言ってないけど? ただ、あの麗華が、顔を赤くしてあんな穏やかな顔で寝てるなんてありえないから……。だからてっきり、変な薬盛られたのかも? とか、浩平君に何か変なことされたのかも? とか考えちゃって……、あれ? あれ? みんななんでそんな顔で睨むの!」 なんという思わせぶりな口調……、そして、なんという早とちり……、一同に安堵と脱力感が漂う中、 「で、麗華、何されたの?」 彩がまさに興味津々という表情で麗華に詰め寄った。麗華は頬を赤く染めながら 「え〜、どうしよ〜」 などと言っている。 「い、言うなあああ!」 浩平が叫んで、 「さっき何もしなかったって言ってなかったか?」 慎が冷めた目で親友を責め、 「ふふ、じゃあ私は戻ろうかの」 野村さんは微笑ましいものを見たような目をして一階へと降りていった。 「いいでしょ浩平〜?」 「だ、駄目だ! 絶対!」 「えーっとねえ〜、浩平は私にぃ〜――」 「あああああああああ」 四人は翌日、無事各自の家へ帰ることができた。麗華と浩平のカップルは彩と慎に囃されながら、そして四人で初詣に一緒に行く約束をして、別れて、そしてまた会って―― |