喫茶パンドラ

               涼露+箕北悟史



 はじめまして、僕は村井健一。どこにでもいる普通の高校生です。ありきたりな自己紹介で始めましたが、今日は彼女の美雪ちゃんがバイトしている、とある喫茶店に潜入したいと思います! 喫茶店というからには、どんな可愛いウェイトレス姿をしているでしょう。そして、僕の美雪ちゃんはどんな格好で働いているのでしょう。僕を見てどんな顔をするでしょう。今から楽しみです!


 どちらかといえば、その喫茶店はあまり人気のない、ビルの一角にひっそり佇む場所です。そして、黒地にピンク色の明朝体で「喫茶パンドラ」と書かれていました。店に入るといきなりビックリしました。受付には僕よりいくつか年上の『お姉様』といった感じの女性がいたのですが、彼女がなんとセーラー服を着ていたのです。清楚な感じの女性で、思わずドキドキしてしまいました。中学では何度となく見てきたセーラー服ですが、こんな女性が着ると、ここまで映えるとは……。それに何よりも彼女は胸が大きく、彼女の着るセーラー服を持ち上げています。普通、セーラー服は胸の大きさがわかりにくいので、多分想像するよりもすごいのでしょう。
「お一人様ですか?」
 シャンプーの香りのする、肩まである髪の毛を揺らしながら、微笑んでそう訊いてきます。ヤバイ、本当に美人です。
「あ、はい」
 どぎまぎしつつも僕はそう答えると、受付のお姉さんはニッコリ微笑んで「お一人様、誰か案内してー」と、店の奥から人を呼びました。
「はーい」
 という声がしてしばらく、客席のほうから従業員らしき人が現れました。
「ええと、こちらへどうぞ、ご主人様」
 ここはいったい……僕は目を疑いました。最初のセーラー服の女性でさえも、度肝を抜かれたのに、なんと、目の前に現れたのは……、メイドさんだったのです。メイドさんがいかなるものかはよく分かりませんが、メイドさんなんてものを見るのは、生まれて初めてです。いや、本当のメイドさんではありませんが…。彼女もまた、先ほどのお姉様と引けを取らない、優しい感じのする美人でした。


 席に案内された僕にそのメイドさんは、
「ご主人様、何をお持ちしましょう?」
 と訊いてきました。ここで思い出したのですが、僕は今喫茶店に来ているのです。――そうだった、ここは喫茶店だった。今日は日曜日。僕は家でお昼ご飯を食べてから来たので今はお昼の二時です。お腹が空いていません。しかし、来たからには何かを頼まなければいけません。
「あ、ええと、じゃあホットコーヒーを」
 と、僕は苦いから滅多に飲まないコーヒーを頼んでしまいました。メイドさんは、
「はい、かしこまりましたご主人様」
 と言って店の奥へ翔けて行きました。頭の猫耳とお尻の猫の尻尾がひょこひょこ揺れています。後ろで結った髪の毛を揺らしながら、歩くそのメイドさんはとてもセクシーでした。ニーソとスカートの間からわずかに見せる生足――絶対領域――がたまりません。
 そして僕は思いました。美雪が働いているのはメイド喫茶なのか? と。確か、ただ「喫茶店」と言っていた気がします。そして次に、美雪のメイドさん装束の姿を思い浮かべました。ヤバイ、なんか自分で自分の顔が歪んでいってるのがわかります。おそらく、鏡があったら自分の顔を直視できないでしょう。


 僕が頭の中から邪な妄想を追い出した頃に、さっきと同じメイドさんがコーヒーを持ってきました。
「お待たせいたしました、ご主人様」
 少しはにかむように微笑みながら、そう言って僕の目の前にコーヒーを置くと、
「ミルクとお砂糖はどういたしましょう?」
 と、訊いてきました。このメイドさん、歳は僕と同じくらいでしょうか。おそらく美雪と同じバイトの子でしょう。そして、めちゃくちゃ可愛いんです。この娘が僕のクラスにいたら、たぶん二番目くらいの可愛さでしょう。一番可愛いのはもちろん美雪です! 僕は男としてコーヒーは何も入れずそのままで飲む格好いい男を演じてしまいます。
「いや、コーヒーはブラックが好きなんで」
「かしこまりました」
 メイドさんはミルクの入っているであろう銀色のポットみたいなのをテーブルの端に置き、砂糖が入っているであろう細長い紙製の筒を自分のメイド服のポケットにしまい、そして僕の正面に座りました。
「あ、あれ? 座るの?」
 当然困惑する僕に
「ご用件がありましたら、なんなりとお申し付けください」
 と、メイドさんは微笑みます。
 僕はメイドさんに見つめられながらコーヒー啜りました。普通に苦いです。やっぱり砂糖二本とミルクたっぷり入れてもらったコーヒーのほうが美味しいです。でも僕は男です。ええ、違いの分かる男です。
「あ、美味しいです」
 と、強がりました。
「ご主人様がそう思ってくださるのなら、私も嬉しいです」
 と、メイドさんはニッコリ微笑んでくれました。
 僕は普段こんなものを飲まないのに、かわいい娘の前だからと、あえてブラックを飲んだことを悟られないように心がけながらコーヒーを飲んでいると、僕の隣に誰かが現れました。
「ちょっと失礼」
 そう言って僕の隣の席に腰を下ろした人はなんと、うさ耳付きのバニーガール! なんでもありですか、ここは。


「ああら、みみっちいわね。もっと豪勢なものをお頼みになったら?」
 と、バニーガールは僕に詰め寄ります。『大人のお姉さん』的な雰囲気を漂わせるこの女性に、まだ高校生の僕はたじたじです。彼女は、高校生にしては大人っぽすぎます。大学生でしょうか。網タイツを履いた艶やかな細い足に目がいきます。さらに下を見ると、なんとハイヒールまではいています。ううん、高校生の僕には刺激が強すぎます。急いで目を逸らします。彼女の顔を見ます。女優さん並に整った顔をしています。目が合うとドキッとしてしまいます。視線を顔から外し、だんだんと下のほうにずらしていきました。そこにあるのは、大きくて開かれた、ああ、もう描写できません!
「今日はオリンピックタワーパフェが入ってるんだけど、いかがかしら?」
 バニーガールは両腕を使って胸を寄せ、その谷間を見せつけるようにしながら僕に訊いてきました。もう直視できません。助けを求めるように目の前のメイドさんを見ましたが、メイドさんは是非どうぞと言わんばかりに、ニッコリ微笑んだままです。なんですかそれは!
「こんなのも頼めないの? 情けないわねえ」
 バニーガールがそう言ったとき、目の前のメイドさんの表情が若干落胆したように見えました。ていうか、
 そもそもオリンピックタワーパフェってなんだ。しかし、せっかく今まで男を見せてきたのに、ここでメイドさんをがっかりさせるわけにはいきません。それに僕は結構パフェ好きです。
「じゃあ、そのパフェください」
 僕は、ついにそのパフェを頼んでしまいました。


「パフェひとつ持ってきてー」
 とバニーガールが店の奥に向かって叫んでからしばらくして、巨大なパフェが現れました。しかもそれを持っているのが、身長大きく見積もって百四十センチ、空色のスモックに黄色い帽子、肩から黄色のポシェットみたいな鞄をかけた、幼稚園児の姿をした女の子だったのです!
 前に美雪が言っていましたが、この店は十六歳以上、つまり高校生以上というのが、採用の条件だったはずです。だからこの娘は少なくとも高校生ということなのですが、どう見ても中学生以上には見えません。可愛い格好させれば下手すりゃ小学生です。そして今、彼女は可愛い格好……というか幼稚園児の格好です。もはや犯罪です! 児ポ法に余裕で引っかかるでしょう。
 その幼稚園児はたどたどしい足取りで席までやってくるとその巨大なパフェをテーブルに置き、
「お待たせしましたー」
 と、舌足らずな発音で、無邪気に笑いました。ううん……、本当に小学生にしか見えん。
 さっきから可愛いもしくは美しい女性ばかり登場していますが、この娘もまた可愛らしいです。どう見ても高校生には思えない童顔、それはそれでモテるだろうなあと思える可愛らしさがあります。これはこれで需要があるんだろうなと思います。
 女の子は当たり前のように僕の向かい側、メイドさんの隣の席に座りました。


 四人掛けのテーブルは僕とメイドさんとバニーガールと幼稚園児で埋まりました。ここは本当に喫茶店なのでしょうか? 大人の男たちが夜な夜な通う怪しげなお店に思えて仕方ありません! バニーガールのお姉さんはなんかベタベタくっついてくるし、幼稚園児は向かいの席から身を乗り出して話しかけてくるし、メイドさんはずっと微笑ましいものを見るような目をしています。そして僕は巨大なパフェと格闘しています。
 高さ七十センチはあろうかという(誰かメジャーを持っていたら貸してくれ)パフェは上のほうだけアイスクリームと生クリームとフルーツが乗っていて、中身はビスケットでスカスカです。詐欺だ!
 そんなパフェはバニーガールと幼稚園児に上のほうを食べられて、今は僕一人でビスケットを食べています。喉が渇きます。コーヒーはもう飲んじゃいました。ということで、飲み物を頼むことにします。
「あの、メイドさん、何か飲み物が欲しいんだけど……」
「かしこまりましたご主人様、こちらがメニューでございます」
 と、普通に飲み物やら料理やらが載ったメニューをくれました。
「お兄ちゃん、わたしも何か飲みたい!」
 と、幼稚園児に言われました。上目遣いに僕をのぞき込むそのかわいさに思わず財布の紐を緩めそうになりましたが、さっきのパフェで、財布の中が不景気になっていました。
「お金ないからまた今度にしてくれない?」
 と言ったのですが、幼稚園児の、心の奥底をくすぐるような、うるうるした目に負けて、買ってあげることになりました。
「あんた、いくら持ってんのよ?」
 バニーガールが訊いてきます。
「今日は新しいゲームを買おうと思って一万円ちょっと持ってきてるんですよ」
 と、僕は普通に答えてしまいました。天地神明に誓って怪しいゲームではありません。
「じゃあ私にも、何か奢ってくれるわよねえ?」
 と、艶かしい体で腕に抱きつかれました。奢りました。


 メイドさんがオーダーをとって店の奥に消えてから数分後、店の奥からクリームソーダ(僕)とホットココア(幼稚園児)とウインナーコーヒー(バニーガール)を載せたお盆を女の子が持ってきました。な、なんと! 毎日穴が開くほどに見つめているその女性は、紛れもなく美雪でした。しかも美雪は驚くべきことに、
「ス、スクール水着!?」
 体のラインを露わにするそのスク水は、美雪のくびれた腰やバストの大きさ、引き締まったヒップを表現するには十分すぎました。紺色という飾り気のない色彩が、逆に美雪の魅力を引き立てます。すらりと伸びた健康そうな足も、思わず息を呑むほどの美しさです。
 しかし美雪は僕の動揺を軽やかにスルーして、テーブルにさっき頼んだ飲み物を置いていきます。学校で何度か見れるとはいうものの、美雪のスク水姿をこんな間近で見るのは初めてです。
「あ、あの……、美雪? そ、その格好は何?」
 僕はなるべく美雪のほうを見ないように言いました。彼女といえども流石にこれ以上じろじろ見つめるわけにはいきません。
 バシッ!
 美雪は僕に平手打ちしました。
「最低! 女の人に抱きつかれてデレデレしちゃって……そんなに他の女がいいなら、一生他の女とデレデレしてれば?」
 美雪は再び店の奥に駆け戻っていきました。後には呆然とする僕と「いいじゃない〜」と言って未だ離れてくれないバニーガールと、ふーふーいいながら両手でホットココアを飲んでいる幼稚園児が残されました。


 美雪に最低と言われてしまった僕は頭の中が真っ白です。目からちょっと汗が流れてきています。とりあえず頼んだクリームソーダを飲みながら、頭を冷やします。目の前には愛くるしい幼稚園児がココアを飲み終えてはしゃぎ疲れたのか眠っています(演技だと思う……たぶん)。隣ではうさ耳を揺らしながらバニーガールが「ねえ」と言いながら、でかい胸を押しつけ、僕に抱きついてきています。さっきまでは、幼稚園児の隣に美人のメイドさんまでいました。まさに、ハーレムです。こんなのを美雪に見られたんだから、最低と呼ばれても仕方ありません。
 僕は頭を抱えます。もう終わりです。あんなに好きだったのに、今日うっかりこの店に来てしまったせいで、全部が終わってしまいました。
「大丈夫よ、きっと許してくれるわよ」
 バニーガールが励ましてくれます。でも、美雪が許してくれるとは思えません。たとえ許してくれても、この先ぎくしゃくしっぱなしです、おそらく。
 僕は沈んだ気持ちでレジに向かいました。もうこんな店、二度と来るもんか、と思いながら財布を取り出そうとしたそのとき、
「待って、健一!」
 スク水の上にジャージを羽織った美雪が現れました。美雪は何か言いたげにもじもじしています。
「あの、健一……」
 僕はどんなひどい言葉を言われるかわからないので、グッと耐える準備をしました。しかしそんな僕に、美雪は思いもかけない言葉を放ちました。
「その、もう少し、いてもいいわよ……?」
 僕はキョトンとしました。
「え……?」
 だから、と前置きし、美雪はもう一度言いました。
「もう少し、一緒にいようよ……」
 美雪に懇願するような目で見られて、僕は自然と頷かされていました。

 僕と、ジャージを羽織った美雪はさっきまでの四人用のテーブルではなく、二人用のテーブルに座りました。
「ごめんね、美雪がいるのに、あんなことしちゃって」
「ううん、別にいいよ。こっちこそごめん。ここはそういう店だから……」
 そのあと僕たちは、いつもと同じように笑い話をしたりして過ごしました。その後ろで、巫女服の女の子がかいがいしく走り回ってしました。


「さっきはもう二度と来るもんか、って思っていたけど、また来たいな、この店」
「そう……、また来てもいいわよ? ……べ、別に期待してるわけじゃないんだからね!」
 美雪は今さら自分の格好を思い出したのか、恥ずかしそうにジャージで胸元を覆いながら言いました。ただ、微妙にはにかんでいるような表情は隠せていません。
 さっきのレジのセーラー服のお姉さんが言います。
「お会計一万円になります」
 僕が間違っていました。もうこんな店、二度と来ません。


※この作品は実在の人物・喫茶店・法律とは全く関係ありません。もし似たような喫茶店があったとしたら、たぶんその店のオーナーはとても素晴らしい人かすごい変態かのどちらかです。