そして姫とのファンタジー

                涼露

第二話 そして姫とのアルバイト



 前回までのあらすじ
 エトワ王国王女のアイリは、勇者の儀に挑むため街に出た。酒場で仲間探しをしていたが逆に襲われたアイリをテンが助け、そして……


「暇だな」
 今朝渡された黒くて地味な帽子をクルクル回しつつ、暇そーーーに、テンは言った。
「うるさい」
 アイリはムッとして答えた。
「まあ、これで金もらえるんなら、ほんと楽な商売だな」
 二人が立っているのは、街外れにある銀行、その三つある門のうちの一つ、西門前であった。
 この国において、銀行は主要な街にはたいてい一行ある。各地にある銀行はその全てが同じ機関の運営で、どこの銀行で預けてもどこの銀行でも引き出せるという仕組みである。その組織の巨大さとこの大陸においてはなかなか進んだ形態で、他国にまでその仕組みを広げ、拡大しようとしている。

 二人がここに立っている理由は、そう、アルバイトである。
 アイリが金を失くしたテンの代わりに、自分に協力させるために金を払ったまではよかったのだが、こともあろうか有り金の全てをカウンターに叩きつけてしまったのだ。
「こんなドジについて行かないといけないなんて、俺の人生もこれまでかな」
「嫌なの?」
「嫌だ」
 アイリは断言されてしまって言葉に詰まってしまう。王宮では自分はお姫様、周りの人間は自分に遠慮してくれるので言い放題だったのだが、このテンとかいう生意気な奴、ちょっと強いからって調子に乗るんじゃないわよ、私と行動をともにできるのよ、喜びなさい。
 アイリは全く気付いていないのだった。世間の人から見ると、自分が相当のわがままで自信がありすぎて負けず嫌いであることを。
「まあ、警備でよかったわね。直接お金に関わる仕事だったら、あんたがいくらなくすか、分かったもんじゃないわ」
「俺がそう何度も何度も金を落とすと思ってんのか」
「うん」
 今度は、テンが言葉に詰まった。
 見てのとおり、アイリとテンは行動を共にするとうになってからもう三日経つのだが、全くと言っていいほど仲良くない。
 アイリからすればテンは、まず身長が自分とほとんど変わらないところでアウトだ。気品がない優しくない気が利かないお金がない、ほんとどうしようもない男であった。しかしそれでも、なんだかんだ言いつつ自分についてきてくれていることには素直に感謝していた。ただ、このお姫様は素直にありがとうなんて言えないのだ。いや、王宮にいた頃は、普通に言えていたはずなのだ。ありがとう、ありがとう、どうして自分は今、そんな簡単な言葉が言えないのだろう。
 テンからすれば、アイリはまあ、お姫様と言うだけあって可憐だと思う。しかし流石はお姫様、甘やかされて育ってきたのだろう、わがままだ。自分勝手だ。しかし、お金がないからという理由で泊まったボロ宿には文句付けなかったし、堅いパンだってきちんと残さず食べたし、皿洗いだって自分からすすんで手伝っていた。そういうところは、偉いと思う。ううん、少しは褒めるべきだったのか?
 テンは両親を亡くして以来、ずっと一人身だった。人との接し方に不慣れなのだ。
「ああ、言い過ぎたわね、謝るわ、ごめんなさい。普通に考えたらそんなに何度もお金を落としてたらそんなまともな服着て旅なんてできないもんね。謝ったんだから、許しなさい」
 一歩、歩み寄ってみることにする。
「ああ、こちらこそ。ドジだって気にすることはないさ、俺がフォローしてやるからさ」
 テンも歩み寄ったつもりだったのだが、それからアイリは終始ムッとしていて、話しかけてこなかった。


 事件が起きたのは陽も暮れかかった頃のことだった。
 テンとアイリの仕事は、利用客のなかから、武器を持った旅人なんかからその武器を一時的に預かるというものである。そんなものを銀行内で振り回されてはたまらないからである。強面の背中に武器を担いだ人がやってきたりしたらどうしよう、睨まれたりしたら、ちゃんと止められるかしら、などとアイリは不安に思っていたのだが、旅人も武器を売る行商人も自ら預けてきてくれた。さすがパパの国、治安がいいわね。うちに忍ばせた火薬なども持ち込み禁止で、それを検知する可愛らしい犬が一匹いるのだが、今日一日吠えたりする出番はなかった。
 安堵のうちに一日が終わろうとしていた最中、銀行内から悲鳴が聞こえてきた。
 驚いて銀行内に入ろうとしたアイリたちと入れ替わるように、中にいた利用客らが逃げ出してきた。宝石をふんだんに使ったドレスで着飾った奥様、行商風のやや太った男、屈強そうな旅人風の男までもが血相を変えて飛び出してくる。
 それらが出きったあと、利用客らがいなくなってガランとした銀行内は、しかし静かでなかった。
 ガーン! とか カキーン! とかいう剣やら何やらがぶつかり合う音が聞こえてくる。音の方向を確かめようとして、しかしアイリは猛犬に行く手を阻まれる。
「ガルルゥ!」
「キャアアアアッ!」
 思わず悲鳴をあげてしまった。
「ケルベロスだと!」
 アイリは(情けないことに腰を抜かしたまま)後ずさりしつつ、その猛犬の全貌を眺めた。その隣、少し送れて入ってきたテンが戦況を確認する。真っ黒な毛に覆われた体、頑丈そうな角、鋭い牙と爪、危ない眼光、図鑑で見たとおりの恐ろしい姿、獰猛で知られるケルベロスの姿がそこにあった。
「大丈夫か?」
 テンはアイリを起こしてやるが、アイリは再びへたり込んでしまった。駄目だ、半ベソかいてやがるよ……。
 アイリのことは一旦置いておいて、背中の剣を抜く。ケルベロス一体程度なら、勝率はかなり高い。
「フン、西門の奴らか。ただのバイトだから逃げ出すと思って放っておいてやったのに、馬鹿な奴らめ」
 そのテンとアイリに、頼りにしていた声がかけられる。しかしその言葉と声色は、テンとアイリが初めに聞いた正義漢のそれとは、似ても似つかないものだった。
「デ、デロスさん!」


 この銀行には、門が三つある。その三つの門を警備員に守らせ、しかし万が一のためにと、銀行内に強力な戦闘員を配置している。七人のうち五人以上が常備していて、強盗団や多額の懸賞金つきの悪人なんかに備えている。そのうちの一人が、猛犬使いのデロスであった。
「何のつもりだ!」
 テンが聞く。
「見てのとおり、強奪だ。もう十年もここを守ってきた、そろそろ飽きるさ。金を奪って逃げさせていただく。お前の知ったことじゃないだろう?」
 デロスは余裕綽々といった顔でアイリとテンを見ている。
「知ったことじゃないが、俺は生憎そういうのは嫌いでね。他の戦闘員四人と俺らの六人とお前一人で、逃げられると思うか?」
 テンも負けてはいない。負ける気もない。
 アイリはまだ腰が立たない。
 するとデロスは背後を指差し、
「戦いの音が聞こえるだろう? 残りの四人中二人は俺の同志だ。俺も馬鹿じゃあねえよ、四対一で勝てるなんざ思ってねえ。三対二で多数派になれば楽勝だと思って、仲間を二人作った」
 そしてテンを一睨みし、
「誤算が生じたが、まあ問題はねえだろう」
 そう言った通り、デロスは余裕の態度を崩さない。
 「ふうん、じゃあ、おとなしく捕まってもらおうか」
 そう言ったのとは裏腹に、テンは剣を構えた。倒す気じゃん。
 しかし剣を構えたテンも、強気の態度を崩さない。
「何故お前らにあんなに簡単に警備員のアルバイトが決まったと思う? 適度に強そうで、適度に弱そうだったからだ。そこらの旅人や商人なんかになめられない程度に強そうで、しかし銀行の金の強奪に動こうとしても、俺らが一捻りできるくらいに弱そう。弱いから決まったお前のようなガキに、俺を捕まえられると思うのか?」
 言い終えると、デロスは殴りかかってきた。それを迎え撃つテンは、しかし激突の寸前に右に逸れる。すれ違い、テンは振り向きざまに、横薙ぎに振ろうとして、
「クッ!」
 しかし、横っ腹にケルベロスの体当たりを受けて吹っ飛ばされる。
「おっと、紹介が遅れていたな。俺の愛犬、こっちがクアンロシェール、こっちがジェプランホープだ」
 とりあえず、テンはそんな名前覚える気にもならなかった。それより重要なのは、その二頭のケルベロスが戦況にどの程度影響するかである。
「行けっ!」
 デロスが低い声で命令する。その声に従って二頭のケルベロスが飛び掛ってくる。
 片っぽ(もうどっちがどっちか忘れた)を避けてそいつに斬りかかろうとし、しかしもう一頭が攻撃をしかけようとしているのを目の端で確認し、それをかわす。二頭を視界に入れ、改めて攻撃をしかけようとしたテンの背後に、おぞましいほどの殺気が迫る。驚き振り返ると、デスがその拳を振り上げていた。とっさにかわすが、しかし今度はケルベロスの片っぽが再びタックルを仕掛けようとしてくる。これを避けても、次のわんこが飛んでくる。悔しいが素晴らしいと言わざるを得ない、完璧な連携プレーで攻めてくるのだった。
「ほらよっと」
 デロスの余裕の態度にテンはいらっとくる。しかしこれでは、攻めようもない。剣一本で戦うテンは、多数の敵を相手にする場合は弱い。
(かわしながら隙を見出すか、さっさとこいつの仲間とやらを片付けた誰かの援軍を待ってからの反撃に出ることにするか……クソッ!)
 と、戦況を判断し、当面の、しかしあまり積極的とは言えない作戦を立てる。
 そう考えているあいだにも、途切れることのない攻撃の波が押し寄せてくる。避け避け避け、剣を構えるがしかし攻撃の隙はない。
 テンはさらに敵の動きに集中し、隙を探す。集中してみれば、敵の動きは完璧というほどでもない。犬っころ二匹の隙を突くのは難しそうだが、デロスは隙が目立つ。ここを突けば、勝てる!
 そう確信を持って、しかしそこでデロスの顔を見たときに気付いてしまった。彼の顔が、今までの余裕の顔から、勝ちを確信した顔に変わっていることに。驚き見回す。テンを中心に、綺麗な三角形を描くようにデロス、犬A、犬Bがいる。敵の動きだけに集中していて、気付くことができなかった。もはや抜け出すことはできない、三方向からの一斉攻撃を受けることとなる。
「終わりだな、小さな勇者さんよ」
 その笑みに、テンは自分の愚策を後悔した。
 もはや全てが遅い、そう思ったとき、
「危なぁい!」
 場に相応しくない可愛らしい、しかし凛とした声が響いた。
「とう!」
 と、アイリは何かの紐を思いっきり引っ張った。その紐がどこに繋がっているかをたどってみれば――
(俺の足! いつの間に!)
 果たして、テンは見事にその場に転んだ。まさに三方向からの攻撃が届く寸前に。
「なっ!」
 その転ぶテンに目をとられ、デロスは攻撃を止めるのが遅れてしまった。その強力な拳が、彼の二頭のケルベロスを襲い、
「「キャワーン」」
 と、可愛らしい声をあげ、二頭は吹っ飛ばされていった。
「くっっっっっっっっっそおおおお!」
 絶叫し、デロンは引っ張られてゆくテンに殴りかかろうとするが、
「お待ちなさい!」
 それを、アイリが止める。手には細身の刀を握っている。
「この糞ガキ! 女だからって容赦しねえぞ!」
 デロスは叫びつつアイリに飛び掛ってくる。迫り来る恐怖に、しかしもうアイリは臆しない。岩盤をも軽々打ち砕きそうな拳をしっかり見つめ、寸前できれいにかわす。可憐であるために目立たない程度の筋肉しかつけることを許されなかったアイリは、こういう相手と真っ向勝負するわけにはいかない。真っ向勝負になれば、いとも簡単に吹っ飛ばされてしまうのがオチである。
 だから、アイリは技術を磨いた。怒り狂った大男の脇をすり抜け、すれ違いざまに一撃。デロスの硬い鎧の隙間を突く鋭い斬撃がはしる。
 血が噴き出し、しかしアイリは怯まない。完全に向き直ったデロスの腹に、レイピアの切っ先を突き立てる。
「んぐぅ!」
 しかしその切っ先は突き刺さるが、腹は鎧で守られている。再びデロスは勝ちを確信した笑みを浮かべ、アイリの横腹に拳を叩こうとして、しかしアイリの動きに目を見張った。体重をレイピアの先端その一点にかけたのではない、少し右にズラしておいたために、アイリの体はレイピアの右を、さらに前進する。デロスの腹にレイピアをつき立てた状態で、体だけデロスの右側に回し、蹴りを叩き込む。
 人殺しはしない、気絶させて、捕らえるのだ。
 デロスは、後頭部に見事な蹴りを喰らい、ブッ倒れた。
 その後気付いたのだが、スッ転んだテンも気絶していた。


「キャウーン」
 ケルベロスが起き上がってこちらを見ている!
 仲間にしてあげますか?
 →はい
  いいえ

 そんなわけで無事にデロスを倒したアイリとテンは、残りの二人を捕まえたつまりは味方側の戦闘員たちに褒められ、さらに銀行の局長にまでお礼をされることになった。ちなみに見つかったとき気絶していたテンの評価は低かったが、結果的にアイリに助けられた手前何も言わなかった。ついでにそれをアイリは共に行動するパーティのリーダーに対しての遠慮と捉えて満足気だった。
 是非とも町で盛大にお礼をしたいと言われたのだが、何せ王女とその仲間、あんまり目立つわけにはいかないし、遊んでるつもりもないので丁寧に断った。その代わりに少々の謝礼金をいただくことになった。少々が本当に少々な額でないことは、言うまでもないだろう。


「というわけで、たった一日でこんなお金ができたわ! パパだってあんなに忙しくやってるし、平民はもっとお金を稼ぐのが大変だって聞いてたのに、案外楽なのね」
 ただ運がよかっただけだろ、とテンは分かっているものの、機嫌の良いアイリを見ているのも悪くないと思えるようになってきたので黙っておくことにした。
「さあ、さっさとテルル炭鉱を目指すわよ! グレイトダークネスドラゴンが先に誰かに倒されちゃう前に、私たちで倒すんだから! いい? 私達よ? 二人で倒さなきゃいけないんだからね!」
 よく言うよ、と呆れつつ、名前長くなってるだろ、とも呆れつつ、しかしそれでもテンはしっかりとこう答える。
「ああ、分かってる。守ってやるから、存分に暴れなよ、お姫様」
 気を利かせたつもりだったのだが、それからアイリは何故かそっぽ向いたまま、話しかけてくることもなかった。
「どこをどう間違えたんだ?」
 クロ(元・クアンロシェール、らしい)に問いかけるが、凶暴そうなケルベロスは、可愛く唸っただけだった。