そして姫とのファンタジー 涼露 第一話 そして姫とのコンタクト |
ここに一つの星がある。サイズは地球と同じくらい。自転周期、公転周期ともに地球と同じくらい。重力や衛星の数も同じ。これは涼露が書きやすくするためとか、読んでて理解してもらいやすくするためとかそんなんじゃなくて、ただただ偶然そんな星で起きた話であることを、まず理解してほしい。 この星には三つの大陸があり、それぞれウィーム大陸、イット大陸、サノン大陸と、この星の住人は称している。 ここで紹介するのはそのうち一つ、ウィーム大陸、その東端に位置するエトワ王国である。 面積は、周辺の国々と比べても普通くらい。大河・リオ川が注ぐ湾では様々な種類の魚介類が捕れ、また内陸部では進んだ農業技術によりたくさんの食物を生産している。南部には工業都市が存在し、職人の手によって様々な生活調度品が作られている(機械による大量生産はこの星の技術ではまだまだ先の話である)。 即位してそろそろ十年になる国王、エドワー四世は国民の意見を積極的に取り入れる政策で、即位して以来国民の厚い支持を受け続けている。 しかし、この国は平和ではない。 いや、この国だけではない。 この星は、平和ではない。 この惑星は今、戦争をしているのだ。 西のウィーム、東のイットによる東西大陸間戦争。三十年にも渡るこの戦争に、未だ終結の気配は見えない。 イット大陸は大きく二つの国から成っている。長らく睨み合いの状態にあったその二国が和解し、そのうえ連合までして、西のウィーム大陸に侵攻しているのだ。十数個もの国からが存在するウィーム大陸側はなかなかまとまることができず、二大陸の間にある島国が一つ、また一つと奪われていき、ついにイット軍勢はウィーム大陸手前まで侵略をしてきた。それが五年前の話である。 しかし海を越えはるばるやってきたイット連合戦艦部隊は、エトワ北部からまるで自らを護る腕のように伸びた半島に集結したウィーム連合軍によって撃退された。 イット側としては、その一敗のみで引くわけにはいかない。軍を増強し、得た島々に集結させ、対ウィーム戦線を形成させる。それに時に攻め、時に守りを固めるかたちで、ウィームは対立する。 イットとしては、重税に耐えて、それでも支持してくれている国民のために、引くことはできない。 ウィームとしては、人々を、領地を、名誉を守るために、戦わねばならない。 東西大陸間戦争に、終わりは見えない。 朝のすがすがしい空気の中に、立派な城壁を持つ城の、しかし裏門から出てくる少女の姿があった。年のころは十五、六歳。長く綺麗な髪は陽光を反射して素晴らしいほどに輝いている。胸を反らし、屹然と歩くさまには、それでも気品が溢れていた。 エトワ王国王女、アイリである。 しかし姿はとても王女のものには見えない。 近年開発された、鉄より硬く、そして遥かに軽い金属で編んだチェーンが編みこまれた質素な服装。動きやすいように作られた靴。丈夫な皮で作られたグローブ。飾り気の無い、優美な、しかし王女には似つかわしくない長剣。紅い宝石が埋め込まれた小さな髪飾りだけが唯一、可愛らしさというものを引き立てている。 まるで、何かのRPGのゲームの、主人公の初期設定のような格好だった。 彼女がこのような姿で、このような場所から現れたのには、もちろん理由がある。 「アイリ様、どうかご無事で。くれぐれも無理をなさらぬよう、必ず、帰ってきてくださいませ」 と、白髪頭の老紳士が声をかけた。いわゆる執事であった。 「分かってるわ。私はこう見えても王女よ。パパ……エドワード国王のたった一人の子よ。死んで帰ったりなんてヘマはしない」 王女アイリは、決意を胸に、答える。 彼女を見送るのは、さきほどの執事と、お手伝いさんが三人ほど。皆、心配そうな顔でいる。 アイリは、エトワ王家に伝わる儀式へと向かうのだ。 そう、命賭けで。 ずっと一人で生きてきた。 父の形見の大剣。 母の形見の指輪。 それさえあれば、他に何も望まなかった。 悲しくなかったと言えば、嘘になる。 寂しくなかったと言えば、嘘になる。 ただ母が望んだように、 立派な人間になりたいと思っていた。 だから父の大剣を頼りに、戦ってきた。 どれだけちっぽけでも、悪と戦い続けよう。 まだまだ若いその背中は、しかし強かった。 名前は、テン。 アイリは酒場を訪れていた。 王家に代々伝わるこの儀式には、王家の人間や遣える騎士などが同行してはならないという決まりがある。命を預けられる仲間を自分で探し、ともに苦難に立ち向かう、そういう儀式、いや、試練なのだ。 『勇者の儀』と呼ばれる、いわば披露の儀式である。 この儀式は、事前に国民にも知らされることはない。本当に一から仲間を集めるためである。なかなか命を預けられるほどの仲間を得られずに、何年もかかってしまった者もいる。安易に選んで、酷い目に遭った者だっている。命を落とした者も、何人もいる。 そういった危険を冒し、凶暴なモンスターを倒し、国民に披露する。国の頂点となるのだから、それだけの者であることを見せねばならない、そういった意見から何百年も前から行われてきた儀式である。 そのような危険な儀式だから、エドワード四世のたった一人の跡継ぎであるアイリには、できるだけ危険のないように隠れて王家の騎士達を護衛につけることが検討された。国民はこの儀式を行うことを事前に知ることができないのだから、バレることなどない。バレたとしても、王家に対する支持の篤いこの国では批判することはないだろうし、批判されたところでそのような事実はないと言えばそれが事実になる。いっそ行ったことにしてしまおうという意見まで出たほどである。 しかし、そのような議論を抑えたのが、現国王エドワード四世である。 彼は、多忙の身であるが娘の性格はよく知っている。自分もそうとうだが、アイリはそれ以上の負けず嫌いである。そんなこと、望むわけがない。 国王のもっともたる意見に、大臣たちは閉口した。彼らだってアイリの性格は……少なくともそうとうな負けず嫌いだということは知っている。 やむなくアイリが『勇者の儀』を通常通り行うことが決定された。 アイリはそれを喜んだ。意気揚々と支度をし、城を半ば飛び出すかたちで旅立った。 全てが楽しみで、酒場に飛び込んだ。 しかし、そこは年頃の少女が気楽に出入りするような場所では、もちろんなかった。 「ちょっといいかしら?」 アイリは入り口近くの席に座った大柄な男に声をかけた。王宮育ちである、下手に出ることを知らない。 「あん? なんだよ……って、ほぉーう」 男は怪訝にあしらおうとしたが、アイリを見て態度を変えた。いやらしい目でアイリを上から下まで見つめる。 「なんだ。顔は合格だが……、まだまだガキだな。しっしっ」 これにはアイリはムッときた。 「何? レディが下手に出てるってのに何その態度!」 王宮では品のいい騎士や貴族ばかりなのでレディファーストは当然である。アイリは女性に対して誠実な態度をとってくれると当然だと思っていたが、いかんせん相手はそういうものとは程遠い男であった。ああ、『下手に』は、意味不明。 「人が酒飲んでんのに邪魔しといて何だテメエ!」 酔いが回っていた男はアイリの胸倉をつかんだ。 「何するのよ! 話なさい!」 まだ、強気。 「はあ? 俺を誰だと思ってんだ! イットを食い止めた連合軍から一中隊を預かった武人だぞ!」 「それが何よ! 私のパパは…!」 言いかけて、しかし言ってはならないことを思い出す。王女たる身分を利用しては、儀式に意味がなくなる。 「パパ? パパか。そりゃあいい。パパは、どうしたんだ?」 男は明らかに馬鹿にするように笑った。 「そ……それは……」 「それは何だ!?」 男は語気を強め、アイリの胸に手を伸ばす(なんだかんだ言っても男は結局そういう生き物なのだ)。 「キャッ」 思わず素の女の子になって抵抗しようとするが、腕力が違い過ぎた。押しのけられない。 「や、やめっ――」 「やめな」 と、輝く大剣の切っ先が、男の腕のわずか手前で止められた。 「なんだ? お前は?」 「俺? 俺はテン。ただの旅人だ」 勝負(?)はあっけなかった。 殴りかかった男の拳をテンと名乗る少年はいとも簡単にかわし、その大剣の柄で男の後頭部を殴ったのだ。大柄な男だったのだがその一撃で見事にノビてしまった。まさに壮観であった。 男が酔っ払っていて動きが鈍かったというのもあるのだが、それにしてもテンの動きは見事だった。見物の酔っ払いから歓声が上がったほどである。 そしてテンは、まさに開いた口が塞がらない状態のアイリに「こういうところに、子供が来るべきじゃない」と言い、手を引っ張って店から連れ出してくれた。 酒場から少し離れた路地で、ようやくテンは手を離してくれた。 「えっと、さっきはその、うん、ありがとう」 王女様アイリは、しかしちょっとだけ素直にお礼を言ってみる。 「酒場で何してたんだ?」 スルーされた。 「あ、いや、ちょっと用事で……」 「ああいう場所ではただでさえ乱暴な男が、さらに乱暴になる。危険だってことは常識だろ?」 アイリは、そんな常識も知らなかったことを情けなく思う。王宮では、極端に言えばずっと寝てても誰かが世話をしてくれる。そういう状況に慣れきってしまい、庶民の生活や常識を全く知ることがなかった。……いや、知ろうとさえしていなかったのだ。 「でも……私はやらなきゃいけない……!」 「何をだよ?」 「仲間探しよ! 怪物退治をするために仲間を探さなきゃいけない! 強そうな人を探すっていったら酒場でしょ!」 そのおかしな偏見と一緒に、自分の目的をあっさり叫んでしまったアイリであった。 アイリとテンは、小洒落た喫茶店で話していた。いや、アイリがテンに話させられていた。テンはあまりに馬鹿らしかったので説教してやろうかと思ったのだが、どうやら本当らしい。にしても、口の軽い姫様だなあ。 「へー。大変なんだな、姫様も」 我ながら適当だなと思いつつも、とりあえず同情してみる。 「他人事だと思って……。いい? 私はこの儀式に命を懸けてるのよ? 最近は、昔と違ってちょっとした魔物を退治しただけで帰ってくることが多いけど、そんなちょっとした女王なんかになりたくないの! 可愛けりゃオッケーなんて女王様じゃ駄目なの! 誰もが認めざるを得ないような、ビッグなことをして、この国をちゃんと治められる女王になるの!」 「へー。そりゃたいそうなこった。で、何退治するか決まってんのか?」 「昔だったら、ミルの森のギガンテスの群れとか、アラト山のクレナイチョウとか、いろいろ厄介なのがいたけど、今はコレしかいないわ!」 アイリは力説する。そして、今この国に存在する最悪の魔物の名を声高らかに告げる。 「テルル炭鉱のダークドラゴンよ!」 「ふーん」 適当な相槌。 「ちょっと! ダークドラゴンの凶暴性を知らないの? 大陸の西から遥々飛んできて炭鉱に降り、そんで居座ってる危険な龍よ! 鋭い牙、恐ろしい眼光、太い脚、全てをなぎ払う尻尾、挙句の果てにはスペシャルダークビームよ! 今まで何人もの勇者が挑んでは敗れた大物よ!」 「まあ、勇者ってのは自らの力を過信して単独で乗り込む馬鹿が多いからな。しっかりメンバー集めて行ったら勝てるんじゃねーか?」 アイリの説明(ハッタリ含む)を、テンはあっさり却下する。まるでそんなもの、とでも言うように。 「じゃ、せいぜい頑張りなよ。面白い話聞かせてもらった。そのお礼にここは奢るよ」 そう言ってテンは席を立つ。 「ちょっと! せっかく説明したのに助ける気なし?」 アイリは追いすがるが、 「残念ながら、俺は自分でも言った単独で乗り込む馬鹿だ。自分で分かってるから、そんな大物なんか狙って命投げ捨てる真似はしない。俺は世に跋扈する悪人たちを退治することがメインなんだ。モンスターはモンスターで生きてんだから仕方ないし、ダークドラゴンなんて悪々しい名前も、そもそも人間が勝手につけた名前だ。そんな悪い奴じゃねえ。あと、スペシャルダークビームなんてねーよ」 テンは、じゃ、そういうことで、と言い放ち、財布をその背負った鞄から探し……、 「ない……」 それを、アイリは聞き逃さなかった。 ドン! 「これで、決まりね」 アイリは勢いよく、カウンターに札束を叩き付けた。 |