捜索デッドライン
 
千里たつき

 五月一日火曜日、私はちょっとした用があり天文部の部室を訪れていた。その用とは、天文部所属のK先輩にローファーをお渡しするという至って単純なものだったが、何故そうしなければならなくなったかは省いておく。
 そう、部員でもない私はその単純な用さえ済めば、天文部というカオスな巣窟(と言ったら先輩方に文藝部よりマシだと言われた・・・)に長居する必要は無いはずだった。そもそも私にそんな気は無かった。
 ・・・・・・甘かったのだ。
 天文部の怪しい先輩方は、なんと私がK先輩にローファーをお渡しした途端、部室のドアをぴしゃんと閉めてしまわれた。唖然としているうちに弁当箱を人質に取られてしまった私は、半ば強制的に天文部の入部希望者として座らされたのだった。

 ・・・とここまで書いてきたが、今回書きたいのは天文部の先輩方の悪どい勧誘の手口についてではない。本題はここからなのだ。
 ようやく天文部室特有のあの異臭香りから解放され、先輩方と共に家路につこうとした時だった。
 私は一人、自分のロッカーの前に立ち尽くしていた。
 ・・・ロッカーの鍵が、無い。
 やばい、ロッカー開かないと靴履いて帰れないじゃん。
 予想外の展開に戸惑いつつ、もう一度いつも鍵を入れている胸ポケットを探るが、無い。ふと外を見ると深秋先輩の姿があったので、「深秋せんぱ・・・っ」と呼んだが声にならない。このとき既に若干パニクっていた。
 そしてまた二,三度胸ポケットを探り、鍵が無いのを再確認した私は何を思ったのか、外へ向かって駆け出していた。パニクっているので顔は半笑いだった。
 「あ、たっちゃん」という軽い感じで半笑いの私を見るK先輩と、そこに居合わせた深秋先輩。明らかにこのまま帰れるとお思いだ。ここで私は衝撃の告白をしなければならなかった。半笑いで。
「ロッカーの鍵、無いんですけど・・・」
 かくして私は、最終下校時刻(タイムリミット)ぎりぎりまでロッカーの鍵を探すことになったのだ。天文部室の隣(一つの部屋を区切ってある)に用事がお有りだった深秋先輩と共に。
 深秋先輩がごついラジカセと格闘しておられる間に、私は床を這うようにして小さなロッカーの鍵を探していた。なんと間抜けな絵面だろう。
 数分おきに深秋先輩が訊いて下さる。
「見付かった?」
「いえ・・・すみません」
 もう謝るしかない。
 放課後、天文部を訪れる前にロッカーの中のローファーを出した時には確かにあった。それで天文部の部室で落としたのだろうと考えたのだが、鍵はどこにも見当たらないのだ。

 鍵の捜索開始から約十五分後、相変わらず床を見回しながらも何故か深秋先輩のラジカセ調整まで手伝っていた所に、なんと天文部の先輩方(一部を除く)がお越し下さった。そう、先ほど私を悪どい手口で勧誘した先輩方だ。 酷いのか優しいのか分からなくなったが、ただこんな間抜けな私を待っていて下さったということに感動し、申し訳なかった。
 へろへろの声でまだ見付かりません〜と言うと、天文部の先輩方までが手分けして捜索に乗り出して下さった。
「キーホルダーとか付けてないん?」
「何も付けてないんです・・・」
 そうか、キーホルダーの一つでも付けていれば数段見つけやすかったのか・・・。
 N先輩の言葉に多少ショックを受けたが、気を取り直して部活の途中で行ったトイレへ探しに行く。・・・が、やはり見付からなかった。
 その後部室の周囲も見回したのだが、鍵らしきものは見当たらなかった。この時すでに最終下校時刻を回っていたらしい=校門封鎖の危機。
「このへん(天文部室内)うろちょろしとったしなぁ・・・」
「はい・・・すみません」
「このへんも(演劇部物置)うろちょろしとったやろ?」
「・・・・・・すみません・・・」
 『うろちょろ』と『すみません』が交互に繰り返される中、ふとあることに気が付いた。厄介なことに、私は部室内外問わずあらゆる場所を“うろちょろ”していたようだ。その分捜索しなければならない場所も多かった。死線をさ迷っている気分だ。

 その更に約十五分後、結局いくら探しても見付からなかったので、私たちはやむを得ず最終手段を使うことにした。
 ロッカーの鍵を紛失した際、『錠を切断する』という方法以外の最終手段―――『他人の鍵を差し込んでみる』
 先輩方曰く、「あれはたまに他の鍵でも開くんだよ」。
 ―――するとなんと、あのK先輩の鍵が私のロッカー錠にするりとフィットしたではないか! これはいけるかも、と期待に胸を膨らませながら鍵を回そうとすると・・・
  ガッ!
 詰まった。残念だ。
 他の先輩方の鍵も試み、その時ちょうど居合わせた風連先輩の鍵もお借りしてみたが駄目だった(巻き込んですみません)。
 そして私は、自身の虚しさと先輩方への申し訳なさにより、自嘲気味の半笑いを浮かべながら宣言した。
「もういいです、・・・切断します」(※ちなみに錠を切断すると新しい錠を買わなければならないらしい)
 と、この時になって、K先輩がある素晴らしいことを思い出された。
「あっ、預かったローファー履いて帰ればええやん!」
「―――あ」
 そうだった。K先輩には、私のローファーをお渡ししてあったのだ。
「明日渡してくれたらええからね」
 そう言いながら、ローファーの入ったスーパーの袋を差し出した優しいK先輩。良かった、これでスリッパで電車に乗らずに済みそうだ。
「分かりました。ありがとうござ・・・・・・」
 袋の中を覗き込んだ私は、出かかっていた言葉を呑み込んだ。代わりに再び口を開く。
「・・・鍵、ありました!」
「ぇえ〜〜!?」
 なんと、私のロッカーの小さな鍵は、スーパーの袋に入れられたローファーの中に落ちていたのだった。
 時刻は既に六時五十分。限界線(デッドライン)を二十分も超えていた。
 こうなるともう笑うしかなかった。捜索中は始終半笑いだった気もするが。もう本当に、すみませんでした先輩方。
「多分なおしとった鍵が何かの拍子に落ちて、入ったまま渡しちゃったんやな」
 ごめんなさいN先輩。恐らく仕舞うのが面倒だからと、鍵を持ったままローファーを袋に入れていたから落としただけです・・・。
 仕舞うのすら面倒だったんですよ!(威張れない威張れない)

 教訓。どんなに急いでいても面倒でも、ロッカーの鍵は真っ先に仕舞うこと。いやそれ以前に、キーホルダーの一つくらいは付けておくこと。

P.S.今でもしつこく勧誘されますが、私は天文部には入りません。



JACKPOT52号掲載
背景画像:フランクなソザイ


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