千里たつき

「枝理紗―――・・・!!?」
 叫んでしまいたかったが、実際に口から出たのは誰にも聞き取れないようなか細い声だった。
 枝理紗らしき少女が隣に控える中年の騎士に一声かけると、蒼い鎧を身につけた騎士は立派な槍を高く掲げた。
「進撃!」
 敵軍の後方に控えていた騎兵たちが直ちに反応し、進みだす。ティグリスが顔をしかめた。
「・・・何を考えているんだ」
 すぐに兵士を乗せた数十の馬たちが、次々と人の背丈より高い木柵を飛び越えていった。
「ぇえっ、何よあれ!?」
 唯加があっけに取られているうちに、こちらの兵士たちも手綱に手をかけていた。馬のない者たちはミルネーシュの民に避難を促しに向かう。
「ティス! あいつらの弓矢、あの(・・)火矢じゃねーか!?」
 ラーディンが少し離れたところから叫ぶのが聞こえた。馬車の中からは、姿が見えない。ティグリスが近くの兵士を呼びつける声が続く。
「ああ、あれは確かに火術の弓矢だ。―――お前たち! 早く足止めしろ、あの矢を放たせるな!」
「・・・ティグリスさんも行くのかしら」
 唯加の戸惑いの混じった呟きに、ついティグリスは答えてしまう。
「いえ、ここは離れません。私の役目はお嬢様、貴女をお護りすることですから」
 断言するようなその言葉に、唯加は安堵した。
 シルヴィアに外へ出てもいいか訊ねたら、ティスがいるから大丈夫でしょう、と許してくれた。先に降りた彼女の手を借りて馬車を降りる。途端に、耳には馬車の中より明瞭に兵士たちの大声が飛び込んできた。アキフォーナの軍のこれ以上の侵入を防ごうとしているらしい。
 その向こうで枝理紗は乗馬用のタイトなワンピースに身を包み、一際目立つ白っぽい馬に乗っていた。騎兵たちより後方で亜麻色の髪を風に遊ばせ、あくまで優雅に馬を駆り木柵を越える。着地すると手綱を引き、周りを取り囲む屈強な従者たちにも静止を指示した。
 思ったとおり、彼女にはピンクのワンピースも白い馬も、従者に命令を下す姿も抜群に似合っていた。
 確かに彼女は秋保枝理紗で、同時にこの世界のお嬢様なのだ。そう確信し、唯加は複雑なため息を吐いた。

 どこかから、町に火が、という声がした。ミルネーシュの町の近くに射られた矢から、草に火が移ったようだ。
 恐れか怒りか、それを見た唯加の顔は真っ青になる。
「酷い・・・」
「けれど、貴女の所為ではないのでしょう」
 心を読んだかのような言葉をかけられ、びくっと身体が震えた。青い髪の青年が、いつの間にかすぐ傍に立っていたのだ。脇には立派な毛並みの馬がいる。
「お嬢様、貴女はアキフォーナ家の現当主をご存知なのですね」
 黙って肯く。
「どうかお気を悪くなさいませんよう。もしや、あなたをこちらへお連れする際追ってきた者では?」
「・・・何を言ってるんです?」
 彼の真摯な表情を見ても分からない振りをして、訊き返した。
「いえ、まだ何とも」
(ほとんど確信してる、って顔・・・)
 心の中だけで呟く。唯加だって、枝理紗がここから自分のもとへ来たスパイだなどと思いたくはない。
 彼はアキフォーナ軍が先ほどより大人しくなったのを確かめつつ、唯加に言う。
「お嬢様、このことは貴女の所為ではないでしょう。知人であられるからといって、貴女はあの当主の行動に対する義務も責任もお持ちでないのですから」
「でも早く止めないと、このままじゃ町が燃えちゃうじゃない」
 これまで誰かに力を貸そうとしたとき、何度かお前には関係などと言われたことはあった。でもやらなきゃ大変なことになる、と言えば大抵納得してくれたのだ。
 唯加は強気に笑んで付け加えた。
「ねぇ、私が行って、枝理紗―――向こうの当主さんと直接話せば早いと思わない?」
「そういう意味じゃねえんだよ」
 ずっと黙っていたラーディンが、苛立ったように口を開いた。騎乗したまま離れたところで見ていたが堪えかねたのだ。鹿毛の馬から降りてつかつかと近付く。
「―――ラディ」
 咎めるようなティグリスの声。しかし彼には届かない。
「いい加減にしろ、なんでお前は餓鬼のくせに『〜しないと』ばっかり言ってんだよ。お人好しなら人助けでも何でも『やりたいからやる』ぐらい言えよな」
 当然唯加も睨み返す。
「余計なお世話よ」
「・・・本当に何も分かってねーな! ティスはこういうことを言おうとしてたんだぞ。今俺が言ったようなことを、」
「ラディ。ヴェーリンギア卿がお呼びだ」
 ティグリスの声が割り込んだ。ラーディンはヴェーリンギアたちの方を一瞥すると馬に跨り、
「今行く」
驚くほどあっさり離れて行った。
「・・・・・・」
「お嬢様」
 唯加は黙っていたが、ティグリスに呼ばれてばつが悪そうに返事をした。
「はい・・・」
「貴女があまり無茶な依頼を受けることを控えようとしておられることは存じております。ですから当主になって頂くことは諦めかけておりました。尊重すべき主たるお嬢様に無理を強いることを、アスポロナ家の者ができようはずがありません。・・・けれど今、改めてお訊ねしたく存じます」
「何を・・・・・・?」
「貴女は―――我らが主となり、我々を、この地を“助けたい”とお思いくださいますか?」
と云った。

 どくん、と心臓が呼ぶ。
 『証』と呼ばれるペンダントは、それに呼応する。

「はい」
 気がつくと唯加は、はっきりとそう答えていた。
「て・・・あれ? えーと・・・別に当主を引き受けるとかじゃなくて、私は」
 すぐ我に返り訂正しようとした彼女の視界に、町に向かって少し燃え広がった火が入った。
 胸元が・・・いやペンダントが、熱を持っているような気がする。
「私は・・・・・・ただ」

 優しい声が聞こえた。
 ―――大丈夫、それでいいの。あなたはただ、
したいと思ったことをすれば良いのよ―――

「あなたたちを、助けたい!」
 言うなり唯加は、手近な馬に慣れた様子で跨がった。
「お、お嬢様!? 乗馬をされたことが・・・」
 シルヴィアだけでなくティグリスまでが仰天している。
「あるわ、修学旅行で一、二回!」
「シュウガク旅行・・・?」
 言葉の意味が分からず目を白黒させるシルヴィアを後目に、唯加は馬を走らせた。いや、無意識に走らせていた。まるで何かに―――胸の高鳴りに応えるようなペンダントの熱さに、動かされるかのように。
 そうして気分は高揚しつつも、唯加はクラスで一番仲の良かった友人の姿から目を離せなかった。一直線に、彼女のほうへ向かっていく。
「・・・いわね。もう一度矢を・・・」
 彼女が従者たちに告げる言葉が微かに聞こえる。彼らの一人が合図を出すと、騎兵たちが火術の弓矢を構えた。蒼白の顔で唯加が叫んだ。
「枝理紗! だめ―――!!」
  ヒュッ
 十近くの矢が一斉に放たれると同時に、その指揮者がこちらを見た。
「唯加!」
 自分を見つけた彼女が花のように綺麗に笑んでも、表情を変える余裕はない。距離を詰め、馬を止めたときようやく唯加は我に返った。
「枝理紗、・・・っ」
 呼吸を整える間も惜しんで喋ろうとした彼女に、枝理紗は一昨日の朝と同じ人形のように整った顔で笑いかけた。
「唯加、降りて話しましょう」
「う、ん・・・」
 足が震えた。多分緊張のためだ。
 しかし、地面に立った途端その緊張は吹き飛んだ。
「唯加っ!」
 枝理紗が、抱きついてきたのだ。
「ちょ、ちょっと枝理紗!?」
ティグリスの姫抱きには動じなかった唯加も、さすがにこれには慌てた。
「唯加、私・・・とても心配したのよ! 急に連れて行かれてしまったんだもの!」
(あれ、枝理紗ってこんな子だっけ・・・?)
 新たな疑問を持て余しながら、本当に泣きそうな声をあげてしがみついてくる枝理紗を見下ろした。ペンダントの熱が、いつの間にか消えていた。
 唯加はため息を吐いきつつ友人の背を撫でていたが、すぐにはっとして振り返った。背後に立つ人物の気配があったのだ。
「ティグリスさ・・・」
「アキフォーナの方。失礼だが、我らがお嬢様となられる方に気安く触れないで頂きたい」
「あら侯爵。唯加がそんなことを言ったのですか? そちらのご当主になると、唯加が?」
 ぎゅっと抱きついたままで顔を上げ、にっこりと微笑む枝理紗を唯加の従者は睨みつけた。
「ユイカ様は『証』をお持ちです」
「知っていますわ、そんなこと。けれどそれが何だと―――」
「やめて! 二人とも」
 ぴしゃりと遮ったのは、唯加だった。如何にも不愉快そうに眉根を寄せている。
「・・・申し訳ありませんでした」
 彼は大人らしく退き、唯加に深々と頭を下げた。彼女はこれにも不快そうな顔をしたが。
「いえ、さっきは私がティグリスさんに止めてもらいましたから。・・・枝理紗、ちょっと離れてね」
 枝理紗が渋々頷き、唯加はようやく開放された。
またペンダントが熱くなっているのを感じながら、再び自分より二十センチは背の高い青年を、しっかりと見上げる。
「ティグリスさんも、ヴェーギアさんとラディのところへ行ってください。またどこかに火がついたんじゃないかしら」
「しかしお嬢様」
「二人だけで話がしたいの。大丈夫よ、枝理紗は友達だから」
 そう言うと、険しい表情だったティグリスがふっと微笑んだ。それで唯加は初めて彼の本質を見た気がした。何しろ彼のこれほど温かく嬉しそうな笑顔を、唯加は初めて見たのだ。
「畏まりました。くれぐれもお気をつけて」
 ティグリスに釣られたように、唯加も笑む。
「ありがとう」
 前の当主に似た笑顔だと、ティグリスは思った。


 アキフォーナ側の従者たちも皆離れさせてから、唯加は枝理紗に向き直り、草原のあちこちに残る火を示して町を攻撃した理由を訊ねた。
「唯加に会うためよ」
 整った顔で微笑んで、ちっとも悪びれずに枝理紗は答える。
「騒ぎを起こせば、唯加なら絶対駆けつけると思ったの。私を止めようとして」
 唯加は苦笑した。
「よく分かってるのね」
「ええ。唯加の責任感が強いのはよく知っているわ」
 にっこりと誇らしげに笑う枝理紗。いつもやりたくてやってる訳じゃないってこともね、と心の中で付け加えた。
「・・・じゃあ、私に会おうとしたのは?」
 唯加は彼女と対照的な笑い方をしてみせた。
「最初言ったとおり、唯加が心配だったからよ」
「それはちょっと違うでしょう?」
 唯加のきっぱりとした声色に、枝理紗ははっとした。クラス委員長としての唯加の姿が思い浮かんだのだ。号令かけや話し合いの進行だけでなく、クラス内でのややこしい揉め事も片付ける、とても“唯加らしい”姿が。
 枝理紗が安心したように言う。
「変わらないのね、こちらに来ても。・・・唯加に会おうとしたのはもちろん“お嬢様”にはならないよう説得するためよ。尤も当主になりたがったりはしないでしょうけれど、変に責任を感じてしまうでしょうから」
 くす、と笑ったのは唯加だった。
「残念でした。私は確かに“お嬢様”になりたいとは思わないけど、責任も感じてないしなるつもりも無いわ。その代わり個人的に、ここの人たちを守りたいとか助けたいとは思ってる」
 枝理紗がそうなの、と驚いた顔で訊き返すので、唯加は頷き、青年たちを見やった。
「あの人たち・・・私の従者たちが言ってくれたから。やりたいことをしろって」
 何度も信じられないというように瞬きしていた枝理紗が、ふいに顔を歪めて呟いた。
「そう・・・そうなの。唯加は・・・唯加までが、自由なのね」
「自由・・・どういうこと?」
 枝理紗が表情を曇らせた。
「私にはそんなことを言ってくれる従者はいないということよ。・・・唯加のペンダント、当主の『証』でしょう? 借りた時に調べたから知っているわ。本来当主というのは『証』を手渡すことで“選ぶ”ものなの」
 枝理紗が語るのを、唯加は黙って聴くことにする。
「私は四女で、姉さまたちが皆亡くなってしまっただけだから特に選ばれた訳ではないし、最初は分家の者と同じような扱いだったけれど。それで向こうの世界へ遣られたの、アスポロナ家当主の『証』が異界へ渡ったという噂を聞いた大人たちに」
「それって・・・敵の当主になりそうな人に近付いておこうってこと? アスポロナ家と枝理紗の家が、何十年も不仲だったから?」
「ええ、その通りよ。・・・でも私が異界にいるうちに姉さまたちも母さまも亡くなった。私は十四で当主になったけれど、あまりに若すぎるからと言って周りの家来たちは当主の仕事を何でも代わりにしてしまうようになったの。部屋の中に半ば閉じ込められた私には自由なんて無いに等しくて・・・また異界で暮らすようになった。だから私の周りには信頼できる従者なんていないわ。私は当主と言っても・・・余りものを貰っただけだと思われているのよ」
 そこまで言って、枝理紗は口を噤んだ。
「・・・枝理紗・・・・・・」
 唯加は一つ息をついてから、枝理紗の目を見た。
「じゃあ私をアスポロナ家のお嬢様にさせたくなかったのも、家の・・・アキフォーナ家の計画だから? 枝理紗以外の人たちが決めたことだから?」
「・・・・・・・・・」
 枝理紗は否定もせずに黙ったまま、哀しそうに微笑んだ。
(枝理紗は“選ばれなかった”けど、自分がすることも“選べない”のね・・・)
 その微笑を肯定と受け取った唯加は、目を伏せながらそう思った。
「ねえ、唯加・・・」
 枝理紗が今度は真剣な―――当主らしい顔になって、唯加に言う。
「申し訳ないけれど選んで。すぐ地球に戻って、今後一切この国パニティア・・・特にアスポロナ自治領とそれを治める家とに関わらないか、」
 枝理紗が片手をすっと挙げると、兵士たち皆が火術の弓矢を構えた。
「町が燃えるのを見るか」
 唯加はごくりと唾を飲んだ。
 草原についた火はほとんど消えているが、こんなに多くの火矢が飛んできたら流石に町に届くほど燃え広がってしまうだろう。それは駄目だ。
「私・・・・・・」
 助けを得られるような気がして、『証』と呼ばれるペンダントを握り締めてみた。アスポロナ家の家紋を象った鷹の羽の細工と、中央に埋め込まれた紅い宝石の綺麗なペンダント。

 ―――大丈夫、わたくしが貴女を選んだのよ。
    わたくしと従者たちが助けるから、
    貴女はしたいようになさい―――

 そんな声が、聞こえた気がした。


「お嬢様・・・」
 敵方の当主から何やら迫られているように見えるが、大丈夫だと言われたからには必要以上に心配して駆けつけるのも野暮に思え、ティグリスは何とか踏みとどまっていた。しかし横に立つラーディンが、
「お嬢―――!!」
従兄の考えをまるで無視して叫んだ。
「おい、ラ・・・」
「その火矢は俺らでどうにかするから、お嬢は勝手にやっとけ!」
 数十メートル先で、唯加がぽかんと口を開けてこちらを見ている。金髪の従者は満足げにふんぞり返った。
 やれやれ、と長い髪をはらい、ティグリスも言った。
「お嬢様、ラディの申した通りです。貴女のお心のままになさってください!」
 アスポロナ家の者たちは動き出した。唯加の方も何かアクションを起こしたのか、すぐに火矢が町中目掛けて射られる。
「お嬢様はどうなさるのだろう・・・」
 矢や草原の草に水の術をかけて湿らせながら、ティグリスは思案げに呟いた。


「本当にそれでいいのね?」
 念を押すように問う枝理紗は、過去を語った時より更に落ち込んで見えた。
「うん、私はこれからもここの人たちを助けたいわ。私の従者もああ言ってるし」
「・・・・・・そうね」
 哀しそうに頷いて、枝理紗が挙げていた手を振り下ろした。
 何本もの矢が放たれたが、唯加はもう不安にならなかった。
「あの矢は水の術者が相手ではあまり役に立たないわ。唯加の従者は水術を使っているし・・・大言壮語を吐いたわけでは無いのでしょうね」
 ティグリスの動きを見ながら、彼女は小さな声でそう言った。
「そっか。・・・ねえ枝理紗」
「なに?」
「ちょっと思い付いたんだけど―――」



「ありがとうございました。助かりました」
 整列したアスポロナ家の人々に、唯加は感謝の言葉を述べた。それから、ペンダントの声の主にも。
 ティグリスにラーディン、ヴェーリンギア、シルヴィア、それから唯加がまだ名前を聞いていない者たちも皆、恐縮して「当然のことをしたまで」だと言った。
 唯加はそんな立派な人々を見渡した。次いで離れたところから従者に囲まれて様子を見ている枝理紗を一瞥し、互いに神妙な表情で頷き合ってからまた前を向く。
 深呼吸を一つ。
「アスポロナ家の皆さん」
 以前何かの式で学年代表の挨拶をした時のように、よく響く声を上げて言った。
「私は皆さんのお嬢様・・・新しい当主に、なりたいと思っています」
 その場にいた全員が、はっとして唯加を見詰めた。風が草の間を音を立てて抜けていった。
 アスポロナ家の人々は皆、その顔に驚きと感動と何より喜びを浮かべていた。
「お嬢様・・・」
 誰もが口を閉ざす中、青く長い髪の青年が思わず呟いた。するとそれを追うように次々と声が上がる。
 お嬢様、我らが主、仕えるべき唯一の女性(ひと)。
 誰もが異界から選ばれたお嬢様を喜んで迎えているのは、明白だった。
 唯加は目を瞑って五秒間待った。彼らがひれ伏そうとしているのに気付いたからだ。目を開けるとほぼ全員が叩頭しており、ティグリス、ラーディン、シルヴィアの三人だけは跪いていた。
 呆れながらももう一度深呼吸をして、
(もう目は逸らせない・・・逸らさない)
賢明に言い聞かせ、人々を見詰めた。
「アキフォーナの方々もお聞きください。私、阿隅唯加はアスポロナ家の当主になり、―――この“国”を変えます!」



「私がここを変えるわ」
 そう言ったとき、枝理紗は二の句が告げない様子だった。
「ここって・・・アスポロナ自治領を?」
「ううん、この国。パニティアだっけ? この国はおかしいわ、領地ごとに分裂しちゃってるし。私は領地のつつき合いなんて無意味で迷惑なことも無くしたいし、何よりその為に枝理紗が周りの言いなりにされるのが嫌なのよ。・・・えーと枝理紗、そんなに驚かなくても・・・私何か変なこと言った?」
「ううん、でも・・・唯加って、・・・そんな大それたことも言うのね・・・」
 呆気に取られる友人に、唯加は微笑んで見せたのだ。
「もちろんこれは、大言壮語よ」



 無茶な、という声が聞こえた。アキフォーナの騎士のものらしい。
「無茶は承知です。でも私は枝理紗を、友達を助けたいの。ねえ皆さん、互いの当主が友人同士なんだから、少なくとも私たちが当主である間はアスポロナとアキフォーナの両家は争わないことにしましょう。これはアキフォーナのお嬢様とも話して決めたことです。何か異議は?」
 少なくともこの場では、誰も異議は唱えなかった。代わりにアスポロナ家の若い者たちの間から、ぱちぱちと拍手が起こった。
「どう? これで少しは変わったわよ」
 一番近くにいたティグリスに、にっ、と笑んでみせた。
「恐れ入ります」
 彼は手を叩きながら微笑んでいた。少し離れたところでラーディンも、微かに笑っているように見えた。

「異界から招いたお嬢様というだけでも異例なのに、これほどとは・・・」
「全くですな。アキフォーナ家の当主と直接話し合って和解なさっただけでなく、国まで変えてしまわれようとは・・・前代未聞だ」
「ふむ、前代未聞のお嬢様。素晴らしいではないか」
 この一ヶ月間、当主代行の役割を負ってきたヴェーリンギアが満面の笑みを湛えてそう言った。“前代未聞のお嬢様”―――いずれ唯加の称号となるその言葉を、周りの男たちは心の内で繰り返す。
 ややあってシェフネンが、褐色の髪を揺らして言った。
「ええそうですね、ヴェーリンギア卿。前のお方といい、我々の主は本当に素晴らしい方ばかりだ!」

 こうして唯加は、アスポロナ家のお嬢様になった。



「なんだお嬢、屋敷には住まねぇのか?」
 その日の夕方、一旦屋敷に戻って休息をとった唯加はティグリスに頼んで、もとの世界に帰ろうとしていた。
 見送りに出てきたラーディンに、唯加は頷く。
「うん。学校あるし、家にも心配かけるだろうから。連れて来てくださるならいつでも来ます、本当にごめんなさい」
「構いませんよ」
 ヴェーリンギアが微笑んだ。これからも唯加がいない間は、彼が当主代行を務めることになるのだろう。
「では、行きましょうか。お客人もいらっしゃるようですよ」
 ティグリスが門の方を指して言った。そこには枝理紗が、やはり何人かの従者を侍らせて立っていた。
「枝理紗!」
 唯加が駆け寄ると、彼女はいきなり頭を下げた。
「唯加、ごめんなさい!」
「・・・え、何?!」
 顔を上げた枝理紗は言う。
「私、唯加の領地を攻撃したことまだ謝ってなかったわ」
 なんだそんなこと、と唯加は笑った。
「それなら枝理紗のせいじゃないじゃない」
 枝理紗は自身を抱くように腕を組み、
「違う、私のせいなの。唯加を誘き寄せるのは、私自身が提案して初めて実行できたことだったの・・・!」
絞り出すような声で言った。
「そう・・・だったの」
「唯加が敵になるのが、手の届かないところへ行ってしまうのが嫌だった。恐かったの・・・。だって唯加は私の、初めての“本当の友達”だったから。 私は、唯加のこと―――」
 す、と両手を伸ばして、枝理紗は友人の手を握った。
「大好きだったの」
 枝理紗の仄かに赤らんだ顔をしばらくきょとんと見ていた唯加は、やがてプッと吹き出した。
「なに、なんで過去形なのよ。もちろん私も枝理紗のこと大好きだし、これからもずっと、“友達”でしょう?」
 枝理紗は何故かほんの一瞬哀しげな顔をしたが、すぐに綺麗な笑顔になった。人間らしい、温かな笑顔に。
「ええ・・・!」
 互いの手を握って、二人のお嬢様は笑い合った。


「じゃあね、枝理紗。また(・・)明日(・・)、学校(・・)で(・)」
 枝理紗は目を瞬かせて、それから微笑みながら言った。
「ええ、また明日」
 唯加はその答えに満足すると、ティグリスにしっかりと掴まった(姫抱きを断固拒否した為、こうするしかなくなったのだ)。
 それから周囲を半透明のカーテンが覆ったかと思うと、彼らはその場から消え去っていた。



「ねえ、ロジャー」
「何でしょう、お嬢様」
 自分の屋敷へ戻る馬車の中、向かいに座る従者に枝理紗は言った。
「私、まだしばらくは異界で暮らすわ」
「な、何故そのような―――」
「わたくしは当主です。自分のことは自分で選びますわ」
 枝理紗はそう、きっぱりと言った。



◆あとがき
 や、やっと終わった・・・というのが今の気持ちです(爆)。
 というか話の長さの配分ミスで、最終五話だけこんな長くなってしまってます。
 もっとこう、均等に分けとこうよ自分・・・。
 ちなみにペンダントの声は前のお嬢様、つまりラディのお母様のものです。
 あとラディよりティスの方が出番が多いのは、唯加とくっつけたいからです(あ
 結局テーマを詰め過ぎてありきたりな話になってしまい、実はちょっと後悔しています;;
 でも楽しかったし、趣味に走って書き始めた長編を完結させたのはこれが初めてだし、きちんと予告どおり五話で完結させられたので、満足はしてます♪
 ここまでお付き合いくださりありがとうございました!!

JACKPOT60号掲載
題字フォント:S2G海フォント(STUDIO twoG
背景画像:ひまわりの小部屋


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