ジェミニ

千里たつき

「はぁーん、鳴海先輩かっこいい・・・」
 テニスコートを囲む緑のフェンスにしがみついて、ため息混じりに言った。
「は? 何だよ『はぁーん』って。きもッ」
 後ろの弟が面白くなさそうに毒を吐く。
「うるさいわねー、先輩に集中できないでしょ」
「そんなもんより、バカなんだから勉強にでも集中しろよ、杏」
「淳も似たようなもんってか私よりバカじゃん・・・」

 瓜二つの顔に、同じくらいの背丈。何かをするのもほぼ同時。
 私たちは、双子の姉弟。

「今日もかっこよかったなぁー」
 ある日の下校中、テニス部の練習風景を日が傾くまで舐めるように見学した後、私はいつも通りそう言った。
「何、鳴海先輩が?」
 隣を歩く淳も、いつも通り面白くなさそうに返す。
 私はそんな弟のしかめっ面を覗き込んだ。
「ううん、淳が」
 真顔で、言ってみた。
 一瞬の間があって、
「・・・・・・はッ!? 急に何だよ、きもッ」
淳が顔を真っ赤にした。思わずプッと吹き出してしまう。
「あははは! もー、冗談だって! 淳にかっこいいとか似合わないよねー。チビだし」
「きもい冗談やめろよ! 大体杏のがチビだろーが」
「あれそーだっけ、ごめーん」
 淳はしばらく、誠意が見えないだの何だの愚痴っていたけど、こういうときの淳が私は大好きなんだから仕方ない。

 昼休みの校舎内。
「淳! あっちに、鳴海先輩!!」
 ファンクラブもあるほど人気のエースが、廊下をこっちに歩いてきていた。
「それがどーし・・・」
「先輩、こんにちは!」
 むすっとした顔の淳を敢えて無視し、通り過ぎようとする先輩に挨拶した。
「あぁ、いつも練習見に来てくれてる子だね。双子なんだ」
「はい、私が姉なんです」
「・・・どっちでもいーじゃん、んなこと」
 弟がぼそっと言ったのは聞こえない振りをする。
「いいね、双子。可愛いじゃん」
 去り際、先輩は私を見てそう言った。
「じゃあね。今日も見においで」
「はい。さようなら!」
 先輩が行ってしまってから、淳がへの字に曲がった口を開いた。
「舞い上がんなよ杏。あいつお前のことファンクラブの会員だと思ってるぜ、きっと」
「どーしたのよ、まさかやきもち?」
「だから何でそーなるんだよ!」
 だって淳は、思ってるんでしょ。杏は俺の双子の片割れだ、離れるな、誰も割り込むなって。

 双子は互いの心がよく分かるっていうけど、淳はどうなんだろう。私のこと、分かってるのかな。
 本当は鳴海先輩に全然興味無いこととか、淳の可愛いしかめっ面が見たくてあんなこと言ってることとか。

「はぁーん、先輩みたいな人のとこにお嫁に行きたーい」
「バカだろ、お前。つーか杏が結婚なんかできるわけねー」
「何よ、できるに決まってるでしょ」

 淳が思ってるのと同じくらい、私も淳と“ずっと一緒にいたい”と思ってることとか。

「まあ、当分しないけどね」
 陽射しに白く光る雲が、ゆっくりと流れている。
 私と淳は、ほとんど同時にそれを見上げた。
 弟が呟く。微かな声で。
「ふーん・・・。なら・・・いいんだ」

 私のこと、分かってるの?




JACKPOT59号掲載
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