箕北 悟史

前回までのあらすじ
箕北は来週から柔道が始まると知って絶望した。
あの内臓が木っ端みじんに破裂し、眼球が引きちぎれ、体の皮膚に穴が開き、その穴から血が噴き出すような、口にするのも恐ろしい「柔道」をこれから週二回もするのかと知って生きる望みを失っていた。


桜は散り青々とした葉を茂らせ、これから日本は徐々に小笠原気団に包まれ、電車に冷房が入る季節が遠くから一歩ずつ近づいてくることを知らせていた。


徐々に新しい環境での生活にも慣れてきた有希。
女子用のトイレを使うことも抵抗なくなっていたし、スカートがすーすーしてなんだか心細くなるなどとほざいていたのも今は昔の話。
体育の時はブルマを穿いて、細い足を露出しながら幼稚園児のように元気に走り回っていた。
授業中では順調に睡眠学習をするようになり、今日もまたプリントに染みをつくっているところだった。
「おい、茅原! 起きろ」
 社会の白井先生に起こされる。
 ううん、眠いよぉ。社会なんて寝るためにある時間みたいなもんじゃないですか……。


彩花は頭脳明晰。容姿端麗。
いつの間にかクラスの人気者になっていて、生活にもすっかり慣れていたようだった。
それを意識してかいつの間にか一人称も「私」ということがあった。


 平和に見えた高校生活。しかし、無情にもカレンダーはあの恐ろしい日がやってくることを知らせた。
「えっ? なにそれ?」
「中間テスト?」
「美味しいのそれ?」
 有希のクラスでは、二週間後に差し迫った中間テストが話題に上った。
そう、中間テストである。
今後も日本に災害が起きたり、誰かが時の流れをエンドレスループさせたりしない限り、それは二週間後に確実に来るらしい。
「うわあ……勉強してないよ……」
「もう今やっているところでさえ分からないんだけど」
 有希は焦った。中学のときも直前になって山積みになった教科書を眺めては泣きながら勉強していたのだった。


「ねえ、彩。勉強教えて」
休日になったある日、有希はワークを手に抱えていそいそと彩花の許(もと)へやってきた。彩花のことを彩と呼んでいるらしい。
ちょうどテスト勉強に備えて勉強していた彩花はその手を止め振り向いた。
「てへっ☆」
 確信犯的に無邪気な笑顔をしている有希を見て、彩花は勉強を教えることにした。
「だから、これはこの部分だけを展開してバラすでしょ。で、そのあとここだけを因数分解して、最後に(a-b)でくくる。そう。そして残った部分をもう一回因数分解して整理する」
そんな様子を翔子は陰から見守っていた。
二人ともすっかり打ち解けて。本当に姉妹みたいだ。
「私は今からちょっと出かけるところがある。二人で留守番していなさい」
「「はあい」」
 いつも三人でこの部屋に居たのだが、今日は二人だけになった。一人いなくなっただけでやけに部屋が広く感じる。
 二人は途中漫画を読んだりトランプをしたりしながら一日をほぼ勉強して過ごした。
 昼ご飯は彩花が作った。彩花はすごく料理がうまいと分かった。
「すごーい! 彩はきっとすごい料理人になれるよ」
と子供のように喜ぶ有希に
「ありがと♪」
 ちょっと照れ笑いをしながらそう言った。その彩花の態度は最初であったときと全く違った。女の子に近づいていっているのだ。
 みんな少しずつ変わっていく……。


「ただいまー」
夕方遅くになって先輩は帰ってきた。
持って帰ってきた手提げ鞄の中を有希はこっそりあさると、薄くて大判の漫画みたいなものが出てきた。
「何だろう、これ」
とページをぱらぱらとめくったが、なんだかよく分からなかったので、そのあと鞄の中にしまった。


迎えた中間テスト。
「すごい! 教えてもらったところが出てる!」
有希は進研ゼミのダイレクトメールの漫画みたいなおとを心で呟きながら、彩花に感謝していた。
 結果、平均で約八割とかなり安心できる結果が返ってきて、有希は安心した。
「ありがとー」
有希はそう言いながらむぎゅっと彩花に後ろから抱きついた。
「彩は何点だったの?」
「数学と物理は百点だったよ。平均は九十四点」
「すごい、さすが! やっぱりただ者じゃないね」
「いやいや、そんなことないって」
 翔子は傍で「四十四点」と書かれた答案用紙を眺めながら苦笑いをしていた。


 季節は進み、蝉が子孫を残すべく、蝉語で甘い台詞でも言っているのか、メスをナンパしようと鳴き始めようとする頃だった。
気温と太陽の南中高度は順調に上昇し夏が到来しようとスル前、日本ではオホーツク海気団と太平洋気団が戦い前線が生じ多量の雨をもたらし、多くの人間を不快な気分にさせる梅雨が到来しようとする時期だった。
プール開きだ。
本来なら、前線が北に消え失せ、夏休みの到来を目前に控えた学生が浮かれた気分になる七月の初頭にするものであるが、学校ではそうではなく、この陰鬱な六月にプール開きをしてしまう。
そうなると必然的に着用を義務づけられるのがスクール水着である。
「さすがにいくら何でもこれは……」
「恥ずかしいですよ……」
 届いた水着を前にして二人は硬直していた。
「仕方ないだろう。誰もが通る道だ。我慢して着るんだ」
 誰かが寒いギャグを飛ばし、盛大に滑ってしまったかのような沈黙が流れる。
 一番先に動き出したのは、意外にも彩花のほうだった。
「……分かったよ」
 水着をつかみ取って奥の部屋で着替えに行った。
 

数分後、彩花はスクール水着を身にまとって戻ってきた。
美味しそうな太ももを晒し、豊潤な胸が強調され、引き締まった尻を覆う。無防備な姿を二人の前にさらけ出した。
ビキニなんかよりある意味ずっとセクシーかも知れないと思った。
「どう?」
「うん、……すごくいいと思うよ」
「そういえば女の子のスクール水着って上半身も覆うから、なんか圧迫感を感じるね」
 男の時の感覚の違いを新鮮に述べる。恥じらいをほとんど見せず堂々としていた。
そんな彩花に続いて、有希も着替えてきた。
二人並ぶとコントラストが激しい。
横から見ると一次関数と同じ形を描く有希の胸。
ある意味、スクール水着を着るには一番似合っているかも知れないと思った。小学生か中学生のようだった。
 しかし、本人はその平面体型を特に気にはしていない様子。
「だんだん潔くなってきたな」
「おかげさまで」
 細い腕や脚。肌が白くて綺麗。健康的な体つきだった。
翔子はしばらく二人を見ると
「サイズは問題なしだな」
とつぶやき、もう脱いでいいよと言った。

作者コメント

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