箕北 悟史

前回までのあらすじ
 箕北は実力テストが差し迫っているというのに目を背け、一日十時間パソコンに向かってニートな生活をし、神から与えられた二日間を霧のように消した。
しかし原稿ははかどらず箕北は悪戦苦闘。そこであることを思いついた。
 そうだ……改行してページを稼げばいい!


「二人の試練はまだまだ始まったばかりである」などと少年漫画の打ち切り最終回みたいなラストだった前回であるが、残念ながら、これは風のように終わりを告げたりしないそうなので、やはり二人の試練はこれからも続いていくらしい。


 もう春だというのに、今朝は久々に冷え込んだ。
四二八号室に段ボール箱が積まれていた。翔子はそれに気付くと積まれていた五つの段ボール箱を部屋の中に運んだ。有希と彩花が寄ってくる。
「それ何ですか?」
有希が尋ねると、翔子は中を開けながら、
「こっちが教科書で、それが多分制服らしいな」
教科書の入っているという段ボール箱を開けると、中から国語、数学、物理、化学、生物、地理、歴史、英語などの、目を覆いたくなるような教科書やら副読本やらワークの山が姿を現した。
うわあ、頭が痛くなる。なんだこのワークの分厚さは。タウンページか。殴れば人が死ぬぞ。死因は鈍器で一発。
頭の出来があまり褒められたものではない有希は、段ボール箱の中を見なかったことにして、もうひとつの制服の入っているという段ボール箱を開けてみた。
彩花は、頭の出来がよろしいようで、ワークを手にとって、中を読み始めた。頭の中にインテルが入っているに違いないと、有希は思った。
有希の開けた制服の入っているという段ボール箱の中から中身を引きずり出すと、紺色のセーラー服が出てきた。
じいっとそれを凝視した後、
「……やっぱりこれは着ないとダメなんですか」
「当然。彩花も」
翔子に促され、嫌そうな顔でもそもそと服を脱ぎ捨て試着しだした。
「下着までつけているくせにまだ慣れないか」
「無理ですよ〜先輩。今でさえものすごく恥ずかしいのに……! 授業中に寝るなというくらい酷な注文ですよ」
「寝るな」
「ええ〜、無理ですよ。涎(よだれ)を垂らしてしまってプリントに染みを作るなんて日常茶飯事なんですから」
「その涎で溺死でもしろ」


 着替え終わった有希と彩花が姿を現した。白い三本ラインの襟に赤いリボンというオーソドックスなものだった。
「よく似合っているな」と満足そうな翔子。
有希はちょっとポーズを取ってみるような仕草をしてみた。
鏡があったので改めて自分の姿を映してみると、どっからどう見ても完璧な女子高生になっていた。
――のは、彩花のほうだけで、関東平野のようななだらかな胸をもつ有希は女子中学生といっても、少し疑問が残るくらいだった。
まあそれはそれでどこかに需要がありそうだが。


それから一週間、有希は宿題に苦しんだ。
春休みに宿題が出るのはどこも同じらしい。さすがにたんぽぽの調査はないが。
有希に課せられた試練は女になっていくことではなく、むしろこっちだったような気がする。勉強が得意な彩花にいくらか手伝ってもらってようやく終わった。
クラス発表もその期間中にあった。
どうやら有希と彩花は違うクラスになってしまったようだ。この学校は、一年生は二十クラスもある。いっしょのクラスになる確率は極めて小さい。
なお、二年生は半減し十一クラス、三年生では九クラス程度となる。


入学式を迎えた。真新しいセーラー服に身を包み、有希と彩花を含む新入生は今日から新しい生活を始める。
入学式といってもこれほどつまらないイベントはない。
校長やらPTA会長やらが、手あかの付いた話を延々と語る。去年の話を録音してそれを再生しているのではないだろうか。
もっともこの学校では事情が事情だけに普通の学校では言わないような、女としての心得のような話もしたが、そんな話に耳を傾ける人は少数だった。
大体校長男だし。何が分かるってんだ、こんにゃろー。
それにしてもこの施設は入学式式場となる体育館がやたらボロい。欠陥工事か。ビフォーアフターの匠を呼んできてどうにかしてもらいたいくらいだ。
ちなみに周りを見渡すと、新しい環境にキョドってる少女が沢山いた。
どう見ても正真正銘の女の子だ。
彼女たちも有希と同じようにここに送り込まれてきた。
中には有希と同じ中学出身のヤツもいるみたいだが、誰が誰か有希にはほとんど分からなかった。


睡眠誘発物質をどこかから発しているに違いないと思われた入学式は終わり、各自自分のクラスへと向かった。
(うわあ……女子校みたい)
 周りを見渡しても、全員女子である。まあ実際女子校なんだし。
何人かの女の子たちが会話をしているがそれは中学で見かけた女子の井戸端会議だった。しかし話している内容に耳を澄ませばいかにも男らしい会話であったが。


「ねえねえ、名前なんて言うの?」
突然、雪の前に座っていた女の子に話しかけられた。
「えっ? ボク? ボクの名前はゆう……じゃなくて有希だよ」
「あたしは、由衣。よろしく」
 そう言って、由衣は微笑んだ。
(わあ……美人)
草原に咲く一輪の白百合のような、といえば陳腐(ちんぷ)でありきたりな表現と思われるかもしれない。
しかし、草原に咲く一輪の白百合のような女の子が石を投げたら当たるほどいるわけがないし、居たら居たで存在価値が下がってしまう。
つまり由衣は並大抵の美人ではなかった。彩花もたいがい美人だったし、有希もかなり可愛かったのだが、それを超越していた。
ちょっと前まで自分と同じ、男だったとは思えない。
正直言って有希はその由衣に見とれた。男だったら告白している。
その後、二人はぎこちない会話を続けて、友達になった。由衣は完全に女の子になりきっていたようだった。


長い一日を終えて、寮の部屋に戻ってきた。
先輩は居なかったが、先に彩花が帰っていた。
「ただいまー」
「おかえり」
 彩花はすでに着替えていてテレビの前に座って「ちちんぷいぷい」を見ていた。
 有希もその隣に座って一緒に見ようとしたところ、翔子先輩が帰ってきた。
「有希……パンツ見えてるぞ」
「えっ? 嘘」
「このころの女の子はみな無防備だからな」
全く気付かなかった有希は、慌ててスカートで隠した。まだまだ女の子になるための道は険しい。


今日一日本当にいろんなことがあった。新しい友達もできたことだし、先輩もいい人だし、ここでの生活もすぐに慣れそうだと有希は思った。
一方彩花は、冗談じゃないと思っていた。
そのころ先輩は、夜遅くまで起きていて何かおかしな服を作っていた。

作者コメント

セーラー服、ブルマ、スク水は正義だと思います。
(掲載号:JACKPOT52号 使用書体:id懐風体 使用素材:君に、