箕北 悟史

前回までのあらすじ
 前回の話を読めば分かる。

「…!」
(可愛い…かも)
裕樹(ゆうき)は鏡に映った自分の姿を見て思わず息を呑んだ。可愛かったからだ。多分自分が男だったら可愛い子の脳内リストに新たに加えられるだろう、と思った。
 もとのさらさらした髪が功を奏したのか、腰近くまで伸びた艶やかな黒髪。整った顔立ち、数日前までちょっとコンプレックスだった女顔が今ではちょっと喜ばしくさえ思える。小柄である。もともと細身だったからだろう、腕も足も華奢(きゃしゃ)ですらっと伸びている。色白なので余計に綺麗だ。全く性転換に関する技術だけは進んでいる。
しばらく鏡の前でちょっとポーズを取ってみたり、にらめっこしたりして自分とにらめっこしていた裕樹であるが、ふと振り向くと一人の少女が立っていた。彼女もまた可愛かった。というよりは美人だった。背丈は裕樹より八センチ(0.051hyde)ほど高い。年上のように感じる。しばらく無言で対面していた二人だが、その沈黙を先に破ったのは裕樹の方からだった。
「あ、あの、キミは誰?」
「俺は春川(はるかわ)雅史(まさし)」
まっすぐと裕樹を見つめる雅史と名乗る彼女。その凜とした顔立ちの少女が自分のことを「俺」と言ったので、なんとなく裕樹は歯がゆさを覚えた。透き通るような清涼感のある声。

 この部屋は二人部屋である。他の部屋もどうやら同じらしく、それぞれ二人の子がペアにされているらしい。雅史のベッドに腰掛けて話し合う二人。雅史は裕樹の住む隣の市からこの施設へ来たらしい。つまり同い年。なのに、雅史の方がずっと大人のように感じられた。背丈もあるが、それ以上にその決定的な違いは胸の大きさであった。裕樹は残念ながらまな板のような子供の胸である。対して雅史の方はEカップに及ぼうかというようなかなり大きなバストを持っていた。裕樹は童顔である一方、雅史の方はかなり大人っぽい顔立ちをしていた。対照的な二人。端から見れば姉妹のようでもある。すぐに二人は打ち解け合った。

「ねえねえ春川くん(?)は、封筒が送られてきたときどう思った?」
「やっぱりあの赤紙が来たときはちょっと立ち直れなかった。怖かった」
「そっかー。誰でもそうだよね。でもさ、ちょっと鏡見たら、なんか希望が湧いてきた」
「お前強えな。俺はむしろ鏡を見て愕然としたぞ」
「何で何で?」
「そりゃそうだろ。今まで慣れ親しんだからだがこうも簡単に変えられてしまうんだって、ちょっとショックを受けたぞ」
飲み込みの早い裕樹。普通ここに送られてきた子たちはショックで寝込んでしまう子もいるらしい。雅史がこうして普通にしていられるのもむしろ裕樹のおかげというべきだった。

夕方、どこの部屋に配属されるかが決まった。この施設では、一人の先輩のもとに、二人の後輩が配置される。そのパートナーは普通、病室でのパートナーと同じになる。
裕樹たちが配属されたのは、二年生の河合(かわい)翔子(しょうこ)先輩の部屋。彼女も一年前までは男だったのだ。一年前、裕樹や雅史と同じ気持ちでここへやってきたというわけだ。
「どんな人なんだろうね」
「ああ」(こいつは本当に元気だな……ちょっとはセンチメンタルになってもいいものを)
何故かニコニコしながら廊下を歩いていく裕樹。歩くたびに黒髪が揺れる。天真爛漫なのだ。その後ろを雅史がゆっくりとついて行った。
「ここらしいよ?」
二人に渡された配属を知らせる紙には四二八号室と書いてあった。
「こんにちはー」
そう言いながら、扉を叩く裕樹。
「ああ今開ける」
中から聞こえてきた女の子の声。
ガチャ
扉を開けた翔子。
「こんにちはー。今日からここでお世話になります茅原(かやはら)裕樹です」
「春川雅史です」
翔子先輩は、髪の毛を肩より少し短いところで切りそろえて、むしろボーイッシュな感じの女の子。凛々しい顔立ちの少女で小柄な感じである。
翔子は二人を一瞥(いちべつ)すると
「とりあえず上がって」
と部屋の中へ誘導した。
 六畳と八畳の二間。それに台所があるみたいだ。よく整理が行き届いているみたいで、かなりすっきりした部屋である。ちょっと殺風景にさえ思える。机が部屋の真ん中にある。和室のようだ。
 翔子は、さっきまで見ていたテレビを消し、二人に机の前に座るように言うと、自分も座った。
「ええと、裕樹君と、雅史君と言ったな」
「「はい」」
「まあとりあえずここへ来てしまったということは、転換者に当たってしまったんだな」
言葉遣いが少し荒い翔子。それでもしぐさや振る舞いの柔らかさは女性そのものだった。一年で人間こうまで変われるのかと、雅史は思った。裕樹は、もの珍しそうに部屋をきょろきょろと見回していた。
「えっととりあえずまず、名前を決めることになっている」
「名前ですか?」
「ああ。今日から君たちは、『裕樹』と『雅史』ではなくなる。女の子だってのにそんな名前じゃおかしいだろ? だから今ここで新しい名前を決める」
「先輩の前の名前はなんだったんですか?」と裕樹。
「翔。たいてい今の名前を文字ってつけることが多いが、全く別の名前をつけるやつもいる。大抵は先輩がつけるらしいが、私はネーミングセンスが決定的に欠如しているからな。君たちが決めてくれ」
「う〜ん……」
そう言われても思いつかない。
「あのー、裕樹とかだったらユキとかいいんじゃない?」
さっきから黙っていた雅史が口を開いた。
「うん、それがいいな」
同意した翔子先輩。
「うじゃあ僕それがいい」
「漢字はどうするんだ?」と翔子。
「漢字? 漢字、う〜ん……」
悩み始めた裕樹もといユキを見て翔子は、近くにあったメモ帳をちぎり、ペンを手にとっていくつかの候補を書き始めた。
夕紀
有希
由貴
由紀
友紀

「ぱっと思いついただけでこんな感じだが、どうだ?」
十秒ほどその紙とにらめっこしていた裕樹だが、指で差しながら「これがいい」と言った。希望がある……。裕樹が指さしたのは、「有希」
「ほう、分かった。じゃあ今から君は茅原有希だ」
茅原有希……本当にこれから女として生きていくんだなあ。前の裕樹という名前への愛着も捨て切れないように、裕樹もとい有希は思った。

「で、君はどうする? 雅史だから雅子とか雅美かな?」
「……」
イマイチぴんと来ないのか、黙り込む雅史。
そんな雅史を見た翔子は本棚から一冊の本を取り出した。
『萌える名前辞典』
なんて本持ってるんですか! 先輩! 本を開いて読み上げる先輩。
「海苔子(のりこ)…」
サザエさんの新キャラかよ!
「悪魔…」
それは行政が却下されただろ!
「精子(せいこ)…」
これはひどい。
「あの、……もっとまともな名前はないんですか」
つい口を開いてしまった雅史。
「おお、すまんすまん(笑)これなんかどうだ?」
本を開いて雅史たちに見せたのは、「彩(あや)花(か)」。結局適当にページを開いたらしい。
「うん、いいと思うな!」と有希。
「俺もそう思う」
雅史の名前は彩花に決定した。

「改めてよろしく。有希ちゃんと彩花ちゃん」
自分のことをちゃん付けって呼ばれたので、なんとなく照れて笑ってしまった二人。
「「……はい、よろしくお願いします!」」

「さてと」
そう言って翔子は立ち上がると、箪笥(たんす)に向かいながら二人に言った。
「よし、服を脱げ」
沈黙に固まった二人。
「どうした? 早く脱げと言ってるんだ。下着をつけなくちゃならんからな」
彼らに最初に襲いかかる試練はこれなのだ。今はまだ二人は着てきたときの服そのままだったからだ。

そんな二人の様子を分かってるのか分かってないのか、翔子は箪笥に手を突っ込み、禁断の世界の象徴であるそれらのものを惜しげもなく、取り出していく。
「んー、彩花は大きいからな〜。これじゃまだ小さいかもわからんね」
「あ、この色似合うかも」
などと一人感想を述べながらそれらのものを比べていく翔子。二人は恥ずかしくなって下を向いてしまっている。流石の有希もこれには適応できない。結局、二人は翔子に追いはぎに遭い、その後、この部屋では百合(ゆり)な展開が繰り広げられたらしい。
「きゃあああ、翔子先輩のえっちいいい」
「何がえっちだ、ばか。このくらい自分でできるようにならんといかんぞ。女の命だからな、あっはっは」
それにしてもこの有希と翔子、ノリノリである。
対する彩花は顔を赤らめながら、ほとんど抵抗することなく、というかぐったりして、先輩のなすがままになっていた。そのあと室内着を着た二人。女の子の服ではあるが、先ほどあんな試練を受けたらなんかどうでもよくなってくる。

「よし完成だ。うむうむ」
満足そうにうなずく翔子。先ほどお互いの裸をもろに見られた二人は気まずそう。
「まあそう気にするな。誰もが通る道だ」
「せんぱ〜い……、でも恥ずかしいですよぅ」と有希。
「う〜む、恥ずかしがってる君たちも可愛いな」
「そんなぁ」
「さてさて、腹が減ったなあ」
露骨に話題を逸らす翔子。翔子先輩についていって食堂に降りていった三人。

二人の試練はまだまだ始まったところである。

作者コメント

いよいよ始まる寮生活!という感じで書きたかったのですが、それだけでまるまる1話使ってしまい、無駄だなあという印象です。
翔子は実は、「先輩とぼく」のつばさ先輩的なポジションを位置づけようとしています。
なんかこのあたりからおかしな方向へ行きます。
(掲載号:JACKPOT50号 使用書体:id懐風体 使用素材:自由に使える背景用写真