箕北 悟史

 ピピピピピピ―――ガシャン。
 朝の快適な眠りを引き裂く目覚まし時計をか細い手で少し乱暴に止めたのは、南沢中学3年生、茅原(かやはら)裕樹(ゆうき)だ。
 彼は、もそもそと、うっかりブラウザがPDFファイルを開いてしまったときのような遅さで、布団からけだるそうに出た。髪の毛は頭上でテロが起きたようなそんな状態になっているかと思いきや、くりぃむしちゅーの上田が羨むようであろうさらさらした髪質だったので、そんなことはなかった。

色白で中学3年生にしては少し幼いような顔つき。細身で、腕や足はほっそりしている。しかも背が低い。学校では時々そのことでいじられる。

階段をひょこひょこと降りて、途中で眠気に負けて足を踏み外しそうになりながら、玄関に出て、大きなあくびを一つ。
低血圧なのだ。
今日も天気がいい。最近天気のいい日が続いている。なんとなくいいことありそうだ、と思いつつポストをのぞいた。毎朝新聞をとるのは裕樹の仕事なのである。その新聞の中に少し変わった色をした封筒を見つけた。その封筒ばピンクっぽい色をしている。
裕樹の表情が変わった。
裕樹は何かにとりつかれたかのように、その場でその封筒を破った。もっとも夕仁暁のように、中身までびりびりに破くような乱暴な破り方ではなかったが。
 
中を見てみると、やはりそうだった。
(もうそろそろだろうとは思っていたがついに来てしまったか)
呑気な先ほどの様子とは一変した。

5月。いい季節である。桜は散り、新たに若葉が茂りその隙間から穏やかな日差しが漏れている。クラス替えという環境にも慣れ(もっとも南沢中学は学年に2クラスしかないような田舎学校であるが)、新しい生活が始まる。

南沢中学は、全校生徒221人。うち男子が181人、女子が40人である。1クラスあたりの女子人数はわずかに6人程度。比率は5:1。
 30年ほど前から、新生児の男女比にひどい偏りがでてしまったのだ。昨年度に生まれた子供のその比率は国勢調査によれば、男子90.1%、女子9.9%。年々その差は酷くなる一方である。原因は不明。おそらく近年の環境破壊による化学物質であろうとは言われるが、科学者がこれほど集まってこぞって研究しても、未だにその化学物質を特定できないでいるのだ。

「おはよ〜」
裕樹が平野と後藤に声をかけた。
「あ、おはよ。」
「おお、おはよー。今日は久々に遅刻しなかったな」
平野と後藤は、二人とも中学一年から同じクラスでずっと友達である。
「そんな僕が遅刻魔みたいに言わないでよ〜」
裕樹が言う。平野は背が高くて女子にもわりと人気がある。勉強もスポーツも万能とは言わんが、とりあえずうらやましくなるくらいの出来ではある。後藤は、勉強はイマイチであるが、スポーツは万能である。
「そういえばあれっていつ頃なんだろうな」
平野が言った。
「あれ?」
後藤が尋ねる。
「ほら、強制性転換手術通達のやつ」
裕樹は先生に給食費を盗んだことを告白するかのような声でごにょごにょ言った。
「ああ・・・それなら僕もう届いてたよ」
てへっと笑いながらそう言った。ちょっと可愛い。

 そう、裕樹は当たったといっても、別に宝くじに当たったわけではない。かといって、昨日食べた刺身に当たったわけでもない。政府の方針による転換者に当たったのである。
 女子人口が減り続けるため、このままでは日本は成り立たなくなってしまう。そのため、原因が分かり改善するまでは男子を女子に性転換させてやりすごそうという、8月31日に全く手をつけていない宿題を一日で終わらせるの以上に無謀なことで乗り切ろうとしているのだ。しかしまあ、現在それでなんとか成り立っている。9月過ぎても提出できればOK的な考え方だ。これにつぎ込む税金も日本が滅亡することを思えば安いものだ。いや、やっぱり安くはないが。てか、俺にくれ。もちろん外国人を受け入れる制度も整えに整えたがやはり限界がある。

「そ、そうなのか・・・お前」
「うん、だから、みんなと一緒に居られるのもあと一週間しかないけど・・・」
「そっかあ。・・・残念だなあ」
「うん。でもこればっかりはどうしようもないよ」

最初は、希望者のみで転換手術を受けさせていたが、そんなもので解決すりゃ御の字である。宿題をなくしてしまったのでできませんでしたといって、先生が、そうかそうか、それは可哀想にといって許してもらえるようなものだ。世界は、あの電波系ツンデレ美少女が望めばどうにかなるように甘くはできていない。
よって、中学3年生の進級後に、政府から赤紙のごとく「あなたは転換者に選ばれました」などという通知票よりもめでたくない通達が送られてくる。よくそんな出会い系の迷惑メールが来るがそっちのほうがずっとましだ。そして、これはいっさい免除の方法はない。これは完全に無作為で選ばれた抽選に当たった人に送られる。不幸にもこの通達を受け取った人は、1週間後に施設に赴かなければならない。行かなければ、強制連行である。そして、もはや帰ってくることはなく女になって世間を渡り歩かねばならないのだ。

「あと、誰が選ばれたんだろうなぁ」
他人事のように裕樹はけろりと言うが、内心やはりすごく不安や恐怖を感じていた。平野と後藤は言葉を失った。

もっとも、これは特別なことではない。現行法律ではおよそ4人に1人が連れて行かれることになる。よってあちこちでこのような光景を見かけることになる。そしてやはりその日、学校に着けば「お前はどうだったんだ」「セーフだった」「アウトだった」「女ってめんどくさそう」などと、話題は一つに決まっていた。さらに、クラスにいる数少ない女子に、
「女ってどんな気分なんだ?」
などととんちんかんな質問をし、大抵は適当にはぐらかせる。どんな気分なんだって、こんな気分だと答えるほかどうしようもないではないか。この日は授業どころではなかった。いや、まあ普段から授業になっていないような気がしないでもないが。
 ちなみに先生としては、毎年のことなのでもう慣れている。ちなみに先生の世代はまだ男女比率異常は起きてはいなかった。

 翌日は土曜日だった。裕樹は出かける場所があった。自転車を漕いである場所へと向かっていた。裕樹が向かった先は・・・
「前原(まえはら)」と書かれた表札のインターホンを押す。
「麻衣」
裕樹は家から出てきた、誰もが嫉妬するような可愛い女の子にそう呼びかけた。
「あ、裕樹どうしたの?」
「ちょっと話があるんだ」
「そうなの? ・・・うん、じゃあ上がって」

麻衣は中学1年、2年と同じクラスだった。残念ながら3年のクラス替えでは分かれてしまったが。麻衣は裕樹の彼女なのだ。1年のとき、彼女のほうから手紙で裕樹に告白したのだった。全南沢中学男子から多大なる批判を受けた。裕樹にとっては青天の霹靂(へきれき)だった。特に好意を持っているわけではなかったが、しかし、その誰もがうらやむ容姿の上に、性格もいいと来たものである。もちろん快諾した。しかし、女の子らしいかといえば嘘になる。どちらかといえば見かけによらずボーイッシュな感じの性格だった。しかし、ときより裕樹だけにみせるか弱さが、より裕樹をとりこにしていった。今では学校中の誰もが知っているようなカップルだ。

裕樹は彼女の部屋に上がり込み、腰を下ろした。ボーイッシュとはいえさすがはやはり女の子。整然としている。箕北のクラスには他人の机やいすを植民地にしてまで、自分の物品を散らかす人がいるが、雲泥の差である。
「で、何? その話って」
「あ、あのさ。ん・・・もし僕が女の子になったとしても、今まで通り接してくれる?」
麻衣は少し考えて、そして複雑そうな困った表情で軽く笑いながら
「何言ってんの。裕樹はどうなろうと裕樹だよ。あたしは裕樹のこと変わらず好きで居続けるよ」
「あ、ありがと・・・」
裕樹は泣きそうになりながら、しかししっかりと麻衣のことを抱きしめた。いつもより、麻衣を温かく感じた。二人はお互いのことを感じあい、抱きしめ合った。
「麻衣・・・好き」
「・・・ん」
裕樹にそう言われると、ちょっと照れくさくなった麻衣は答えた。シャンプーのいい匂いがする。柔らかい。安らぐ。

 それから数日。男として生きられる最期の日となった。学校は午前中までで、お別れ会を開いた。裕樹の他にも、見送られる人がたくさんいた。少し泣いているようなやつもいれば、半ばどうにでもなれという顔をしている人もいた。しかし、実際には全く実感の沸かないという人がほとんどであった。
「元気でな」
「お前はなんかもとから女でも通用しそうだしな」
「うるさいよ!」
「いつだっけ? ほら小学校の劇で女装してただろ? 可愛かったぞ」
「むー」
「ははは」
この期に及んで相変わらずだと、裕樹と平野と後藤は言われた。
午後になってから、麻衣の家に行った。別れ際麻衣は裕樹にお守りとして、腕輪(ブレスレット)をあげた。そして、
「待ってるよ」
麻衣は笑いながらそう一言だけ告げ、二人は別れた。

 裕樹はその後身支度の確認をして、午後の陽光の中、バスと電車に乗って「施設」へと赴いた。この「施設」は、手術をする他に、「学校」や「寮」としての役割を果たしている。というよりはむしろそのための「施設」である。一度この施設に入れば、普通1年間家に帰ることはできない。身だけでなく心までもを「女」にするために寮で暮らすことになる。この施設は「女学校」などと呼ばれる。普通の「女子校」は、もともと女子が少なすぎるため、ほとんどない。裕樹の入った施設は白川女学校。裕樹の家からはバスで1時間と少しのところにある。施設はまるで大学か何かのようですごく綺麗だった。何より大きかった。生徒数は1500人という。「女学校」は1年制または2年制なのでこの数がいかに多いか分かるであろう。ここが新たに裕樹の生活する場所となる。
 その日の夕方、すぐに「手術」は行われた。基本的には3日かけて1000人の生徒を捌いていく。裕樹は1日目だった。手術しまくっているだけあって、技術のほうだけは達者だ。
 学者が心理的な面や身体的発達の面から検討した結果、この15歳という時期にするのが一番いいそうだ。なかには、男だったときの記憶ごと末梢してしまえというかなり攻撃的な意見も出たが、それはあまりに非人道的ではないかという意見が出て、すぐに却下された。もっとも、される側としてはむしろそうしてくれた方がありがたいという子も多く、気が狂いかけてしまう人もいる。そのため「施設」には心理カウンセラーがかなり多く配属されていた。

 手術は簡単に成功に終わった。手術終了後は4人で1つの部屋に入れられる。病院とほぼ同じような部屋である。

「ん・・・ん」
朝の陽光で裕樹は目が覚めた。
(あ、そっか。僕女の子になったんだ)
このような場合男子の100人中85人はまず鏡を見るであろう。裕樹とて例外ではなかった。鏡を探すため、ふらふらした足取り(手術後とはいえやはり朝は弱い)で鏡を探しに行った。全身を写す鏡が部屋を出ようとするところに置いてあった。どちらかといえば好奇心でちょっとわくわくしながら鏡を覗いてみた。手術後とはいえやはり基本的に呑気な性格は変わっていない。<続>

作者コメント

記念すべき初連載。
内容は・・・わりとよくあるTSモノだったりします。
だらだらと続けていける作品を書きたいな、という気持ちで書き始めたので、収拾がつかなくなり途中で方向性をまとめ、8話で終了する方針を固めました。
今にして思うと、前半部分が冗長だったという感じがします・・・。
(掲載号:JACKPOT48号 使用書体:id懐風体 使用素材:自由に使える背景用写真