箕北悟史


 目覚めると、俺は見たこともないようなところで寝ていた。何ていったらいいんだろうな。どうやら和室のようだった。30畳はあろうかというような広い和室だ。まだそんなに古くない、青い畳がいぐさのいい香りを放っていた。そんなだだっ広い部屋の中に俺は寝ていたのだ。
 俺が普段寝ているのは6畳一間の狭いアパートの一室だったはずだ。それがどうしてこのようなところに住んでいるのだ。まあしかし、こうしてただ寝ているだけというのもつまらないものだ。せっかくなのでこの建物を探索してみようと、起き上がってみた。この建物の中は俺ひとりしかいないようだ。
 建物の中を歩き回るうちに、この建物の構造がつかめてきた。俺が想像するよりずっと大きくこんな大きさの部屋が結構な数あるようだ。
 外に出てみた。ははん、なるほど。ほら、見たことあるだろ?社会科の資料集とかにあるあれだ。平安時代の貴族の…そう、「寝殿造」とかいうやつだ。庭には、二羽にわとりがいて…じゃなくて、池があった。それに橋がかけてあった。
 どうしたものか分からず、しかしそれと同時にどうしようもないことに気がつき、しばしこんなところでぼへらっとするのもいいかな、と思い突き抜けるような青空に流れる綿菓子のような白い雲をぼんやりと眺めているうちに、日が沈み、夜が来てしまった。
これじゃあいつもの生活とほとんど変わらないじゃないかなどと思いつつ、池に映った丸い月を見た。ははん、古典の時間に習った枕草子だか兼好法師だかが言っていた水面に映る丸い月ってこんなんなんだろうな、と思いつつやはりそれをぼうっと眺めていた。
いつもなら、「ああまた何もせず一日が終わってしまった」などと自責の念にかられるわけだが、今日ばかりは心からぼへらっとして良かったな、と思った。たまにはこんなすごし方もいいじゃないか。ここが一体どこなのか俺は知らんが、別にあの狭っ苦しいアパートの部屋なんかで落ち目になってきたつまらない芸人ががーがー言うテレビを見るようなつまらん生活に戻る必要もないじゃないか。
月が明るい。まん丸な月だ。いや、よく見れば少しかけているようだ。あれを「十六夜月」というのかな。それにしても月で影ができるなんて本当だったんだな。俺がそれを聞いたとき何を惚けたこと言ってるんだ、と信じられなかったものだ。星も綺麗だった。一体どれが何座かちっとも分からんが、あれが天の川だということは分かった。漆黒の空に銀の砂かミルクでもこぼしたかのような淡い光芒、あれが天の川というのだろう。都会のごみごみとした空じゃあ天の川を見ることはおろか夜空さえ眺める暇がない。眺めているうちに流れ星を見た。何年ぶりだろう。
さて夜になって寝ようかと思い――どうせこれで目が覚めた他あのアパートの一室に戻ってるに違いない――ふと部屋の奥に目をやると、和服・・・十二単のようなものを着た女の人がいた。年齢は二十歳くらいか。暗くてよく分からないが、なんとなく美人のような気がする。だってそうだろ?これで、顔を褒めるにはかなり頭を使わなければならない外見でした、じゃあ物語として面白くないでしょ。
せっかくだし俺はその女に話しかけてみることにした。
「ねえ…ここはどこなんだ?」
いつからそこにいたんだ、とか、あんた誰とか聞きたいことは山ほどあったがとりあえず先に口に出たのでそのことを聞いてみた。
 すると、女は
「ここは貴方が普段いる次元とは違う次元。普段現れることのない次元の溝に貴方は落ち込んだみたいね。」
そうなのか。うん、よく分からんがまあそういうことなんだろう。
「で、どうすれば戻れるんだ?」
と言いかけて口を閉ざした。何もこんな女の子(たぶん美人)といられるチャンスをなくす必要ないじゃないか。それにあんな都会のボロアパートの一室に戻りたくなんかない。俺はその子としばらく話をすることにした。
「そうなのか。ところであなたの名前は?」
と聞くと、
「さあ…?私もこの次元に気付いたら落っこちてたんだけど、その拍子に名前を忘れたみたい。」
よくよく考えると俺も自分の名前を忘れていた。
「そうか。キミはいつからこの世界に居るんだい?」
「わかんない。1年のような気もするしひょっとしたら3日前からだったかもしれない。」
そういえば俺もいつからここに居たのかよく分からない。半年前からいると言われればそんな気がする。
「キミは昔、あっちの次元(?)ではどんな生活をしていたんだい?」
「普通の女子中学生か高校生だったか、そんな生活をしていた気がするわ。貴方は?」
「俺は…」
引きこもりやニートとまでは言わないが、それに近い生活をしていた、なんていえない。とりあえず大学生だ、とか適当に嘘ついてみた。しばらくその女の子と話していた。

 で、まあ気がついたら今度はまた別の所にいたわけで。さっきとはうって変わってアメリカだかヨーロッパだか、そんな感じのつくりの洋館にいた。ベッドの上で寝ていたというわけだ。「欧米か!」とつっこみたくなる気持ちを抑え、そこから先は同じ。建物の中をぐるりと巡ったり、外を出歩いてみたり。
 別にこの洋風が嫌いというわけじゃあないが、さっきの和風のつくりの方が落ち着いた。とはいっても、やはりこちらでも取り立ててすることがないので広大な庭を散歩した。
 日差しが赤みを帯びて、空が紅に染まってきたなので、さっきの洋館に戻って寝ることにした。
 デジャ・ヴ?さっきの女の子がいた。やはり俺の予想は正しかった。結構かわいい子だった。彼女は、今度は十二単ではなくメイド服を着ていた。うわ、作者の趣味全開やんけ、と思いつつ、
「また会ったね。」
と声をかけると、
「うん。さっきの次元とはまた別の次元に来たようね。」
そうなのか。いや、まあ彼女が言うならそうなんだろう。うん、俺にはよく分からないが。
「キミはさっきの日本風のところと、こっちの西洋風のところどっちが好きなんだい?」
と聞いてみると、
「私は、こっちかな!なんかお洒落だし、メイド服って前から着てみたかったし☆」
コスプレ願望ですか。せっかくなら、このあとは中華風のところに来てしまって彼女のチャイナドレス姿を見てみたいところだ。
彼女と話しているうちに俺は不思議なことに気がついた。
「そういえばなんかキミとは初めてじゃなくて何度も、というかいつも会っているような気がするんだ…」
「貴方も?私もなんかそう思う…」
「なんかキミとずっと一緒にいたい…」
「ありがとう。大好きよ。愛してるわ。」
俺は、付き合って1年半になる彼女にプロポーズをした。
 ぼろいアパートの一室。ここが俺の最高の砦。

作者コメント

これは2006年の文化祭号「Destiny」に掲載した作品です。
「和洋折衷」というお題で書きましたが、どのあたりが和洋折衷なのかは謎です。
(掲載号:06文化祭号「Destiny」 使用書体:id懐欧体 使用素材:高画質壁紙集