箕北 悟史

あるところに、ある学校があった。その名前を生野高校と呼ぶことにしよう。この生野高校は、最近学区争いに備えつつも、半ば「ナンバーワンよりオンリーワン」路線にもなっている某府立高校と一切関係ないことを先に断っておくべきだろう。
そこには文芸部があった。この学校は部活動が盛んで、文化部とて例外ではない。
俺がこのクラブに入部したのは、この学校が体育祭とやらに燃え始めた時候であった。なぜ、このクラブに入部したのかと言えば、それは昨日見たナイトスクープのネタと同じくらい覚えていないのだが、とりあえずその後数ヶ月間現在も嬉々として、この部室に足を運んでいるのだから、ともかくこのクラブに満足していることを説明するのは、今更ルイズがツンデレであるという、当然のことをオイラーの多面体定理を用いて説明しようとするのと同じくらい無駄であることは皆さんにも分かっていただけるだろう。

ちなみに部室はじゅうたんの敷かれた普段は用途不詳の部屋である。じゅうたんの部屋を見てはしゃぐのは、小中学生と文芸部だけでいい。じゅうたんの乾燥した埃のにおいが俺の嗅覚を刺激し、今日が水曜日であることを再確認させた。水曜日は文芸部の活動日である。重ねて申し上げたいのだが、この作中の学校の文芸部と、五綱領を教育理念としたナントカ高校の文芸部とは、メネラウスの定理と俺が昨日食べた晩ご飯のおかず並に関係ないことである。…で、昨日は何食ったんだっけ?
俺が痴呆老人なみの思想を思いめぐらし、ぼへらっとしていると、脳天をかち割るようなチンパンジーっぽい周波数の高い声が聞こえてきた。少なくとも、この学校には動物園はなかったと記憶しているし、また作者もそう設定している。となると、その声の主は一人しか考えることができない。

夕(ゆう)仁(じん)暁(あかつき)だ。

この夕仁暁は、実在する人物とは一切無関係で、もし似た人が居ればそれは奇跡的な偶然であるということは、風が吹けば桶屋が儲かるのと同じくらい当然のことである。
さて、今日の夕仁暁はこともあろうにオプション付きである。つまり、ネコミミをつけていた。彼にとってネコミミをつけるという行為は、象が鼻を使ってスイカを丸ごと口の中に入れるのと同じくらいありふれた行為だったに違いない。
おそらくキョンの妹でさえもこんなにははしゃがないぞというような、今さっき水揚げされた魚くらいのイキの良さで部室内をピチピチと走り回っていた。部長さんが「ドンドンすると隣から苦情が来る」と一声かけると、とりあえずマナーモードくらいにはなった。その後、一年二年と全員がそろった。

さすがに二年の先輩の目にも、彼の奇抜な格好はみくるのメイド姿ほど当然のものには見えなかったと思われる。
「あのな、とりあえずそれはずそうか」
二年のくれは先輩にそう諭され、しぶしぶそのネコミミをはずした。ちなみにここでいうくれは先輩が実在する人物と全く何ら接点を持っていないことは言うまでもないだろう。暁よ、ちょっとは、耳をかじられた頭テカテカのドラえもんのことも思い出してやってくれ。
 
そう思いながら、俺は「ひぐらしのなく頃に」の冒頭で、前原圭一がネコミミ(しかも鈴付き)+スク水で妹言葉を話すという罰ゲームを課せられているのを思い出し、近い将来――そうだな、東南海地震が起きる前くらいに――その罰ゲームを自ら好きこのんで彼は受けるのではないかというさえ気がしてきた。「ネコミミ(しかも鈴付き)+スク水で妹言葉を話す」夕仁暁。エスペラント語が、本当の世界共通語として通じることよりは、その夕仁暁のアブノーマルコスプレのほうが実現してしまう可能性が高い気がしてくるのだから恐ろしい。2ちゃんねるのオカルト板にでも、書き込んでやろうか。ネット上を駆けめぐる有名コピペの一つにはなるかもしれない。……想像すると少しばかり吐き気がした。

 全員が机に集合し、今日の活動について部長さんが説明した。学校見学会についてのことだが、
「住んでる場所が分かれへんからなあ」
とつぶやくと、暁は
「ツンデレ場所!?」
どういう耳をしているのだ。ネコミミは、集音力に乏しいのか? 全くそんな聞き違いをするなんて頭の中にお花畑が咲いているか、毒電波に犯されているとしか考えられない。――なるほど、俺の頭も、毒電波に犯されているのか。
 
 部長さんの話に飽きたと思われる暁はその後、太陽の光がさんさんと降り注ぐコンクリートの上の蟻のように動き回り、二年の深創雅味先輩をネコミミモードにした。もう言う必要はないとは思うのだが、ここでいう深創雅味先輩とは、坂井悠二や野比のび太と同じような想像上の登場人物に過ぎないことは、既知の事実であろう。深創雅味先輩の頭頂部にネコミミを設置した、暁は、渋谷かどこかの化石化したコギャルのように、きゃあきゃあ喚きながら、
「可愛い可愛い」
と奇声を放っていた。「可愛い」の辞書における定義をもう一度家に帰ってよく見ておくことにしよう。
「先輩それでバク転してください」
暁よ、無茶苦茶すぎるぞ。だが、予想に反し先輩はネコミミモードで見事なバク転を披露した。なんと激しい文化部なのか。彼がいる限り、文芸部は安泰だ。ちなみにその様子を男子部員は携帯のカメラでパパラッチの如く撮影。女子部員は、ボタンを押して開ける式の自動ドアの前で、それに気付かずに突っ立っている人を哀れむような、生暖かい目で見守っていった。
 
と、今度は、暁は家から持ってきた袋をごそごそとあさり、
「今からコスプレします」
と宣言した。さて、どんなコスプレをする気だ。黒い服をにやにやしながら着る暁は、一一〇番通報される一歩手前のような手つきで、変身が完了した。
 ああ、なんと。
 どう見ても雨合羽です。本当にありがとうございました。
 散々煽るだけ煽って、釣り宣言というくらいのクオリティの低さだ。桜塚やっくんがいれば「がっかりだよ!」と言われること間違いなしだ。女装くらいしやがれ、そんだけ煽るなら。
 恐ろしいことに、それでコスプレイベントに参加したという。二重の意味で恥ずかしい。が、最もつっこむべくは、そのときのコスプレ仲間に深創雅味先輩までもが拉致されたということだ。暁に言わせれば、任意同行らしいが。
 まあ、確かに拒否権はあっただろうから、任意同行というのもあながち嘘でもないような気がする。ちなみにそこでは、罰ゲームとして、週刊誌に投稿すればいくらかもらえそうな絵になるようなことをさせられたという。
 なんせ、二人は付き合っているらしい。暁曰く、「深創雅味先輩大好きです。三点リーダーと同じくらい大好きです」。先輩曰く「もうね、この子どうにかしてくれませんか(泣)」。
 兎にも角にも、二人ともご愁傷様お幸せに。

 
正直言おう。そんな文芸部に自分の身を置いていることに、俺はとても満足している。あえてこの学校を選び、このクラブに入ったことは、俺にとって適切な意志決定と行動選択だったといってもいい。確かに脱線ばかりするが、死傷者は出ていない。急行じゃなくていい。各駅停車でも途中下車でもマターリ行けばいいじゃない。

作者コメント

文芸部の日常を書いてみたものです。
現在夕仁暁氏は、退部してしまいましたが、当時は雅味ちゃんこと深創雅味先輩を追いかけ回すガチホモキャラとして定着していました。
(掲載号:JACKPOT49号 使用書体:DHFポップ体 使用素材:撮影写真