シスターズ・ハリケーン!

宿替えm@

「あのっ、私その…先生のことが好きですっ。ずっと前から」
「……わるい」
「どうしてですか? 今付き合っている人いないですよね…」
 たしかに付き合っている人はいない。しかし今の彼にはどうしても彼女の告白を受け入れることはできなかった。その理由を言っても彼女には理解してもらえそうにもない。
(我ながら律儀だな…まだ約束守ろうとしているなんて)
 彼は実の妹がいる。その妹たちこそがすべての発端だった。


――一年前

 とにかく彼は幸せの絶頂だった。少なくともこのときは…。
「せんせ〜。一緒に帰りましょうよ〜」
「お〜う。でもちょっと待ってくれな。これだけは終わらせときたいんだ」
 するとその生徒は首を傾げた。
「なんですか?」
「夏休みの宿題」
「ゲッ…」
「おっ、いい反応だな〜。その顔カメラで撮っときたいよ」
「やめてといて下さいよ〜? あっでも私には答え、教えてくれますよね?」
「残念、俺は公私を混同しない。いくらお前が彼女だったとしても、だ」
「ええ〜。そんなのないですよ〜。あんまりです〜」
「いや一応教師だしな俺。勉強はちゃんと見てやるよ」
 彼女の目が輝きまくっていた。なんとなく嫌な予感がしたので釘をさしておく。
「答えは教えないからな」
 やっぱりか…。という心の声が聞こえてきそうだ。彼女の顔が一気に落胆の色を見せる。
「そんなことしたらお前のためにならないだろう?」
 このなんともほほえましい会話を聞いているかげが複数…。
 そのかげの足元には明らかに手で折られた枝やらなんやらが転がっていた。


「っつうことで今日は摩擦係数の小テストやるっつってたからな。ちゃんとやるぞ〜」
 え〜〜〜。
(こいつら、やる気ゼロだな…。ほんとうに大丈夫か?)
 なんて心配は必要なかった。なにしろこの学校は県内でも有数の進学校である。テストの点数に関してはまったく心配は要らなかった。つまりさっきの罵声は『めんどくさい』の一言で表すことができるのであった。

「やっぱりこの問題だみんな引っかかってんだよな」
 小テストの答え合わせをしながら彼はうなっていた。
(どうすればわかり易くなるのかな、ここはどう考えても大切だよな…)

「この問題みんなが引っかかっていたから気をつけるように。俺に聞きに来てくれればちゃんと説明するからな、人数が多かったら補習とかもやるつもりだからどんどん来てくれ」
「先生。どうして今じゃないんですか?」
「とにかく授業を先に進めなくっちゃいけないんだ。本当にすまないと思っている。ほんとうにサポートはしっかりとやるから、ここはゆるしてくれないか」
 するとその生徒もクラス中もわかってくれたらしく、うなずいてくれた。これでも彼は生徒からのうけはいい。今のようにちゃんと生徒のことを考え、サポートもしっかりとするところがいちばんの決め手らしい。

――その日の昼休み
「ごめんなさい…。先生とはもう会えません」
 突然だった。もう何がなんなのかわからないぐらいに。
「ちょっ…、一体なにがあったってんだ。それぐらいは教えてくれ」
「先生がそんな人だったなんて知りませんでした」
 いや、なんと言うか俺こそわからないんですけど…
 彼女はどこかへ行ってしまった。
「……ちっくしょう。なんだってんだ」

「ただいま〜」
 とりあえず家に帰ってきた。
「おっかえり〜」
「お兄ちゃんが帰って来たヨ〜」
「あら、もう帰って来はったん?」
「結構速かったね。何かあったの? 一人で帰って来たみたいだけど」
 俺をむかえてくれたのは、かわいい(?)妹たちである。はじめのほうからから、(しずく)、サラ、沙百合(さゆり)瑞希(みずき)である。
 雫は誰がどこから見てもわかる元気娘17歳。サラは明るい15歳、どこだったか忘れたがハーフ、沙百合は口はめちゃくちゃ関西弁だが、見た目は大和撫子みたいな感じのする清楚なお嬢様17歳。瑞希はボーイッシュな感じの16歳だ。ここまでくればいくら鈍感な人でも気付くだろう俺たちに血の繋がりはない。まあ、いろいろあったのだ。
 ってあれ…?
「何でわかるんだ。俺はいつも家に一人で帰ってきてるのに、今日は学校から一人で帰ってきたって」
「えっ?あ〜それはですね〜」
 なんだ…? まさかとは思うが…
「私たちがあの彼女に働きかけたんだよ。あ〜ほんとよかったよ、物分りのいい人で」
「っ!!」
「ちょっ、兄さん!? どこ行くの?」
「わかるか!!」
 信じられん、マジで信じられん。まさか妹たちが陰で糸を引いていたとは…。とりあえずしばらくは帰らないでおこう。というか、今の精神状況だと帰れそうにない。


――一週間後
 なんとか怒りを押さえつけ、家に帰ることに成功した。いやはや、なんとも頼もしい自制心である。
「ただいま」
 家に入ってみると誰も出てこない。おかしいなと思いもう一度声をかけてみる。
「お〜い、誰もいないのか〜?」
 すると、ぞろぞろと一人一人、二階から降りてきた。
「おいおい、お前らその顔はなんだ」
 全員、酷いとしか言いようのない状態である。瑞希がつぶやくように言う。
「だって…アニキが帰ってこないんだもん」
 驚いたことに、全員が同意だという顔でうなずいていた。全く…こいつらは、変なところで息が合っている。…まあ今回は偶然のようだが。
「まあ、とりあえずもういいから早く寝ろ。言いたいことは山ほどあるがそれは明日になってからだ」
 そういい残し、風呂に向かう。久しぶりの我が家での風呂になぜか感動している自分がいた。
 風呂から上がり部屋に戻って寝ようと思った。すると…
(がちゃ)
「お(にい)…」
 雫だった。どこか真剣な顔をしている。
「どうした? こんな夜に」
「お兄が帰ってこなくなってから再確認したことがあって…そしたらどうしても、この気持ちを抑えられそうになくって…だから言うね…」
 そして俺の目をまっすぐに見て、
「わたし、川淵(かわぶち)雫は、川淵尚輝(なおき)が好きです!」
 そういうと緊張が一気に消えたのか、その場に座り込んでしまった。
 …って、
「……はい?」
 あまりにも唐突過ぎて今の状況がわかりません…。
「もうっ! 何回も言わせないでよっ」
 殴られた。親父にもぶたれたことないのに…。
「お兄があまりにもデリカシーないからでしょ! っていうかお兄、私たちの中で一番お父さんに怒られてたよね…?」
「………それはいうな」
 ひとしきり笑った後、『真剣だから』とだけ残して雫は自室に帰っていった。

――次の日
「アニキ、…あたしと付き合わないか」
「お兄ちゃん、サラとじゃダメ…?」
 なんとまあ、もう呆れることしかできないがこいつらはやっぱり息が合っている。まあ困ることに変わりはないが…。
「しばらく時間をくれないか」
 俺は二人にそういった。
(答えは出てるんだけどな…雫に言われたあとめちゃくちゃ悩んだから)
 しかし、あそこで言うのはあまりにもデリカシーがないように思えたのだ。それに、また殴られるのは非常に避けたい。

(なんだろう、沙百合が俺に用事だなんて)
 昼休み、中庭に呼び出された。
「どうした? 俺に話って」
「えっと…驚かんといてほしいんやけどな…うち、兄さんのことが好きやねん。……ああもうっ、ほんまうちはアホや兄さんが家出てってもうてから自分の気持ちに気付くなんて」
 そこは心配しなくて大丈夫だぞ。みんなそうだったらしいからな。
 ツッコミたくなってしまう自分をなんとか理性を総動員して抑えた後沙百合にも同じように答えその場を切り抜けた。

――その夜
「……ということで、お前らとは付き合えない。」
 半ば予想はしていたが、妹たちは告白をしたのは自分だけだと思っていたらしい。『他の姉妹も』と聞いたところでほんとうに驚いていた。…ビックリだね、彼女たちの鈍感さに。
「だが…」
 その瞬間、うなだれていた四人がパッと顔を上げる。思わず苦笑しそうになるのをこらえこう言った。
「ひとつ、契約してやろう、…まあ賭けみたいなもんだ」
 つまりこういうことである。
・期間は全員が二十歳になるまで
・妹たちが尚輝以外の男と付き合わなければ尚輝の負け。そのうちから必ず一人を選ぶ
・それまで尚輝は誰とも付き合わない
 もちろんこの話に乗らないやつは一人もいなかった。


――――というわけで冒頭の話に繋がるのだが…
「あいつら(俺と付き合うことに)マジだ。まさかほんとうにあそこまでやるとは…」
――「つきあってください!」
   「やだ」
 その後、妹たちはいくつもの告白(もともとみんなきれいだからモテる)を断り続けてきた。
 ときには、あまりにもしつこい男子に姉妹全員で制裁を加えていた。…恐いね。

「お兄」「兄さん」「アニキ」「おにいちゃん」
『絶対に私(うち)(あたし)(サラ)をえらんでねっ!』
Fin


2008年文化祭特別号『ff』ω掲載
背景画像:10minutes+

閉じる