宿替えm@ その日王宮ではある儀式が行われていた。 「では行って来ます。母上」 「行って来ます」 王座に座る母に向け、双子の姉弟は頭を下げた。 一方は漆黒の長髪をツインテールにまとめた青い目の少女。そしてもう一方は、同じ目をし、少しだけ茶色がかった黒髪の少年である。 「やはり行ってしまうのですね、流利、時和……」 「当たり前です。これは、あくまで儀式なのですよ母上、しっかりと目的を果たし帰ってきます。だから心配などせずに待っていてください」 ならば、と言おうとした母を少女が止めた。 「護衛ならば必要ありません。というか、それではこの旅の意味がなくなってしまいます。そうでしょ? 時和」 と促された少年は、 「うん、そうだよね」 と少し無理にうなずかせられていた。どうやら姉には逆らえないらしい。 やはり母にも妥協点と言うものはある。女王は渋々とこう言った。 「それでも教育係のハワードだけは連れて行きなさい。それならば私も安心です」 母にこう言われてしまえば断ることもできないのが子どもと言うものである。 こうして、双子とその教育係との旅は始まるのであった。 数日後。初めから『なんで護衛を断ったの』とか『どうして僕までついて行かなきゃいけないの』とか言っていた時和がわめきだしていた。今すぐ王宮に帰りたいらしい。 彼はもともとおとなしい性格で、何かを自分からしようとすることはない。悪く言えば面倒くさがりなのだ。流利も双子の姉として予期はしていたが、あまりの早さにキレそうになっていた。だがそこは、双子とはいえ姉としての威厳というものがある。だからこう言った。 「あのねぇ、別にあたしは来なくてもよかったのよ? 王位継承者のする儀式なんだから」 じゃあ、と言おうとした時和を流利は一喝した。どうせ文句しかこの弟は言おうとしないだろう。 「あんたどうせ、いつまでたっても行こうとしなかったでしょう?! だからいい機会を作ってやったんじゃないの」 (ホントは自分が旅をしたいだけの癖に……) そう思った時和であったが、言った後に後悔するのが目に見えていたので、口にはしなかった。 しかし、そういうことを考えているとき、人はどうしても口に出るらしい。別にそんなこと頼んでない、とつい口にしてしまった時和は流利に一発頭をどつかれた。 そしてそんな二人の様子を、ハワードは何もせず、ただニッコリと見つめているのであった。 その後。その日のうちに次の町、フォール・フィリクにたどり着いた一行は、また問題を起こしていた。 どうやら、流利がとてつもなくつまらない理由で地元の青年といざこざになったらしい。時和はものすごく絶望していた。こういうときにまず被害を被るのは自分だからだ。 案の定、時和の悪い予感は見事に当たってしまった。流利が、そのケンカ相手――ラグナといったか――に向かって、 「なんならうちの時和と勝負をしなさい!! それにあなたが勝ったら、謝ってあげてもいいわよ」 なんて言い放ったのである。まったく……自分勝手も甚だしい。もちろん、時和に拒否権があるわけもなかった。 しかし、いいことも、あるにはあった。 どうやらラグナは(本人いわく)格闘家らしく、時和が勝った場合、一緒に旅をしてくれると言うのだ。いくら時和と流利が剣士と魔法使いだといっても(ハワードは学者なので戦力には含まない)旅の目的『辺境に出るというキメラを倒す』の達成には心細かったのだ。 ということまで流利が考えていたのかは、時和にもわからない。それこそ、流利のみぞ知る、である。 勝負のルールはとてもシンプルだった。というより、百メートル走である。皆様も良くご存知だろう。 勝負の直前、時和の頭の中に送られてくるものがあった。 『もしもこの勝負に負けたら……どうなるかは、わかってるわよね?』 それは、背後のどす黒いオーラを放っている物体(もちろん流利である)から送られているようだった。はたから見れば流利はニッコリと笑っているだけである。しかし、生まれたときから一緒にいる時和にはわかってしまった。わかってしまって振り向いてから、後悔する。何も聞こえなかったことにすれば、まだよかったかもしれない。でも、それは文字通り後の祭りである。 レースが始まった。 時和は全力で走った。死に物狂い……いや、ほっとくと本気で死ぬような顔で。その百メートルは、おそらく世界で一番長い百メートルだったことだろう。 もちろん、レースは時和の圧勝だった。しかし、流利からのねぎらいの言葉はなかった。彼女の性格を考えれば当たり前だが……。 「しゃあねぇ、約束だからな、お前らの旅についてってやるよ。どうせ暇だったしな、俺より強いやつ他にいなかったし」 少しの間『卑怯だ』と言っていたラグナも、流利に勝ち誇った顔で見られ、さすがに認めざるを得なくなり首を縦に振った。 かくして、(おそらく)頼れる仲間を手に入れることに成功した一行であった。 呆気にとられた。 頼れるなんてものじゃない。正直城の親衛隊なんかよりも断然強かった。流利が自分の騎士にしたくなるぐらい。まあ、本人は頑固だからそんなこと絶対に言おうとしないだろうが。 「はあぁっ!!」 ドガッ バキッ 「ほらよ。一丁あがりっ」 「まさかね……そこまでやるなんて、あんたもしかして、あの時手加減してたんじゃないでしょうね?!」 さすがの流利も気がつき、勢いよく食って掛かった。 「さあ。でも、もしあの時俺が本気を出していたら今ごろどうなっていたかな?」 とぼけると見せて、さらっと本音を言うラグナに、ついに流利がキレた。 「あ〜の〜ね〜。いいかげんにしなさいよホント。マジでむかつくのよ!!」 「あ〜? いつでも喜んで相手になってやるぞ、コラ」 「えっと、そろそろ落ち着きなよ……」 身を案じた時和が止めに入る。いつものパターンだった。 「おや。みなさん、そんな馬鹿なことやっている場合でもないみたいですよ?」 珍しくハワードが喋った。彼が喋ると言うのは、イコール本当に大変なことが起こっていると言うことだ。さすがに何度か経験しているため、流利とラグナもケンカをやめ、そちらに注目した。 「誰か倒れてる!!」 最初に気付いた時和が走っていく。 倒れていたのは、女の子だった。バンダナを頭に巻いている。時和が運ぼうとしたところ、 「わたしが運びますよ」 ひょい、っと持ち上げたのはハワードだった。彼が行動を起こすなんて……。時和よりも、さらにものぐさだと思っていた流利は、彼が今日たくさんの行動をしていることに驚きっぱなしだった。 そのとき、 「うん……」 少女は身じろぎをして……、 「おなかへった〜」 全員をこかした。 「うんま〜い。うち、こんなん初めてや〜」 彼女の家らしき小屋を見つけ、運び込んだ頃に彼女は起きた。のだが……、用意していた時和たちの食事を全部たいらげてしまった。料理長をしていたこともある(ハワードの数多くある秘密の一つだ)ハワードの作った料理だ、おいしくないはずがない。だからこそ、それをすべて食べられてしまった流利は、超ご機嫌斜めだった。 「で? あんたはあんなところで何やってたって言うわけ?」 ものすごく恐い。ここ数年間は、時和ですら見たことがないぐらい。ラグナと言い合っていたときですら、ここまでではなかった……と、思う。とにかく、オーラがすごかった。これこそが、食べ物の恨みと言うやつなのだろうか……。 「おれ、ちょっと風にあたってくるわ」 ラグナが真っ先に逃亡を図った。どうやら、時和と同じ、またはそれ以上に早く身の危険を察知したらしい。しかし、一番体力のあるラグナが逃げるのは、あまりにも無責任すぎる。ここは全員で(とはいっても二人で)何とか押さえつけ、逃げられないようにした。 「えっと、食料を探しに森に入ったら……」 どうやら、おいしそうな木の実やきのこを見つけて森の奥の方に入ってしまい、帰れなくなっていたらしい。ようやく家が見えると、安心してしまいそのまま寝てしまったところへ時和たちが通りかかったらしい。 「……と言うことなんや。みんなにはどうお礼をして良いのかわかれへん。あのままやとうち、確実にあの世行きやったからな」 さすがにそこまで言われると流利も毒気を抜かれてしまったのか、もう文句もいわなくなった。 その代わり、にやりとその唇を上げてから、 「それならなんだけど、あたしたちの旅に一緒に来るっていうのはどう? わたしの目に狂いが無ければあなた、結構な術者じゃない。まあ文句があっても受け付けませんが」 と言った、満面の笑みで。その裏の顔を知っている時和たちは震え上がった。しかし、その少女は、 「うち、ルルゥって言うねん。こんなんでよかったらよろしく頼むわ」 と屈託のない笑顔で返した。 時和たちはその少女、ルルゥの強さ、というか鈍さに舌を巻くのだった。 その後。一行は何とかキメラの出ると言う国境の谷にやってきた。予想外だったのは、(流利が散々言っていたが)ルルゥがものすごく強かったことである。しかし、それはいいことであり、おかげで助かったことも幾度とあった。 しかし、今回は別だった。少し前から体調を崩していたルルゥがついに限界に来ていたのだ。本人は大丈夫だと言っているが、実際は立っているのもつらそうだ。よって今回の戦闘にルルゥの力は期待できない。というよりむしろ今すぐに宿に帰りたいぐらいなのだ。それができない理由はただ一つ、それは目の前に目的のキメラがいるからだった。 「やっぱ退けないだろう、ここは」 「そうですね、私も微力ながら力添えいたしましょう」 ハワードですら、自ら戦闘に参加すると言い出すほど、状況は悪かった。しかし、相手のキメラも相当のダメージがたまっているらしい。両者は完全ににらみ合いになっていた。 「ウィンド・ブロー!!」 その均衡を破ったのはまさかのルルゥだった。その一撃の勢いで一気に攻め込む。 キメラはゆっくりとその巨体を倒し、光になって消えた。 みんなに怪我はあったが、致命傷を受けたものは一人もいなかった。でも、 「おい! 大丈夫か?!」 ルルゥが倒れた。やはり無理をしたらしい、熱はさらに上がっていた。倒れるルルゥをとっさにラグナが支えた。が、 「これは……」 それははっきりとわかる長耳、ルルゥはエルフだった。 「ったく。何でそうならそうと言わなかった!! エルフには人間の薬が効きにくいことぐらいわかってんだろう」 ラグナが怒鳴ると、ルルゥは微笑みながらこう言った。 「せやかてこの前ラグナ、エルフ嫌いやって、ゆうてたやん。やから……」 たしかに、ラグナはその昔、エルフとの戦争で両親を失い、その後、そのエルフに復讐するために、格闘術を身に付けたといっていた。 「たしかに今でも俺はエルフが嫌いだよ。だがな、俺が怒っているのはそこじゃない。仲間だと思っていたやつに嘘をつかれていたってことだ」 そういうとラグナは流利に向かってこう言った。 「頼む。術を知らないなら俺が知っているものを教える。エルフに関しては相当調べたからな。だから、こいつの身体を治してやってくれ」 ラグナが頭を流利に下げた。その事実に一番驚いていたのは流利本人だった。しかし、すぐに調子を取り戻すと、 「何言ってるのよ。あたしが知らない術がこの世にあるわけがないでしょう? そんなぐらいすぐにできるわよ」 といった後、 「でも、今言ったこと忘れちゃダメよ。もしあんたが忘れでもしたら末代まで無料奉仕してもらうから」 と、軽口を言った。 「んじゃま、一度王都に戻ろうかしら」 と、ルルゥを完全回復させた流利が言った。 するとラグナが、 「王都だって!? お前らって一体……」 そういえば、結局流利と時和は自分の素性を明かさないでいたのだった。他の二人(もちろんハワードではない)の身の上話はたくさん聞いているくせに。だから流利は一言こう言った。 「まあ、ついてくればわかるわよ」 言われた当の二人は首を傾げるだけなのであった。 「でもまさか、お前たちが王子と王女だったなんてな。いくらなんでもインパクトありすぎだろ」 「なによそれ〜。あんたまたケンカ売ってるわけ? いいわよ、確かにあたしにはそんな雰囲気ないわよ。そんなこと聞き飽きたわ」 彼らはまた旅を続けている。あのときと、少しも変わらない関係のままで。 ふと時和が笑いを止め、みんなの方を向き直りこう言った。 「みんな、ほんとにありがとう。こんな僕だし、まだどんな王様になればいいのか、なりたいのかわからない。でも、これだけは言える。ラグナとルルゥが分かり合えたんだ。だから、僕は少なくともどんな種族でも分かり合っていて、みんなの顔に笑顔のある国にしたい。だから……みんなの力をこれからも貸してください」 いっきに言い切った。そうじゃないと、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだったから。 すると、後ろからいきなり流利に蹴られた。 「何言ってんの? あんたは王になるのよ、それなのに貸して下さいって……、少しぐらい命令口調で言えないの? ついて来い、とか力を貸せ、とか。まあ、あたしに対してそんな口調だったら怒るけど」 少しは褒められたんだろうか。以前なら、容赦なく怒られていただろう。色々大変だったけど、やっぱり流利につれられてこの旅に出てよかったかもしれない。 「何やってんの。ほってくわよ〜!」 「ちょっとぐらい待ってよ!」 そう思いながらみんなを追いかける時和であった。 おわり JACKPOT59号掲載 背景画像:幻想素材サイトFirst Moon様 |