波瀾との出会い―― 小宇坂(こうさか)陽輝(はるき)の(非)日常?  番外編

宿替えm@

「はあ・・・」
 四月、大抵の学生が元気に登校してくる道に一人ため息をつく少年がいた。彼の名は小宇坂陽輝、中高一貫校であるさかき榊学園の中学二年生である。何故彼がこんな状態かと言うと話は昨日の夜にさかのぼる。


「今日も良い一日だったな。ん?なんだろう、メールだ」
 今から思えば全てがこのメールから始まったのである。しかし、このときの陽輝にはわかるはずもなかった。
「あれ、あのクソ親父から?なになに、『おまえに頼むのもどうかと思ったのだが・・・」
 要約すると大体次のようなことである。
 陽輝が生まれる前に母と離婚し(その母も二年ほど前に亡くなっている)今外国に単身赴任をしている父が、じつは向こうで女性と再婚していて、さらに子供までできていたのである。しかし二人は共働きで忙しく、なかなか家に帰れない。そこで父の頭に、陽輝にとっては迷惑極まりない計画がうかんだのである。もうお気付きの人もいるかもしれないが、そう陽輝に預けてしまおうと言うのである。
「おいおい、俺だって学校とかあるんだぞ?」
 この考えがあまりに無意味であることを彼は思い知ることになる。いや、むしろ正解だったのかも知れないが・・・。


 そんなことで、彼は学校に向かうのにおもおいあしどりなのだった。まさか最悪のパターンが待っているともしらずに。



 陽輝が学校に着いたときクラスの中は騒がしかった。話を聞いてみるとどうやら転校生らしい。だれかが職員室に潜入したらしく、特に男子の中では、
「相当かわいいらしいぜ」
 といううわさが流れていた。
「ようし野獣ども席につけ!もちろん女子もだぞ〜」
 という言葉と共に、我がクラスの誇る学校一の美人教師、香保里が入ってきた。
『おお〜!』
 その後から入ってきた女子転校生の姿により男子どもが野獣とかした。陽輝も例外ではなかった、が直後に起こったことにより現実に引き戻された。なんとその女子はこちらを向いて手を振ってきたのである。
「おい、どういうことなんだ。説明しろ」
 もちろん敏感な野獣どもが気付かないはずも無い。あっという間に取り囲まれた。転校生の女子のほうには行かないところ香保里の実力なのだろう。しかし、陽輝までは助からなかった。
「そんなこと言われても俺にだってわからねえよ」
 陽輝自身も信じられないのだ。いままで女子とかかわりを持ったことは少ない。
「ぼく小宇坂知夏(ちか)です。お兄ちゃんともどもよろしくおねがいします」
 これには陽輝もびっくりだった。あの親父はどうやらあの電話よりも前に彼女を出発させていたらしい。どこまでも自分勝手で人迷惑な話である。
「そういうことだ。まあ仲良くするのはいいが羽目をはずさない程度にしとけよ」
 と、なんとも責任の無い言葉をおいて香保里はでて・・・
「あっそうそう席は陽輝の隣だぞ」
 こんどこそ出ていった。



 放課後――



 やっと男子どもからの取り調べも終わり陽輝にも平穏が訪れようとしていた。
「お〜い、いい加減起きろ〜夜になっちまうぞ」
 次なる戦いが待っていた。知夏が起きないのだ―授業中もずっと寝ていたので、先生への説明が面倒だった―おそらくこっちに来るまでずっと寝ていなかったのだろう。まったく起きるけはいがない。だが、このまま放っておく訳にもいかない。結局、陽輝が背負っていくことにした。
「うん・・・」
「起きたか」
「えっあっ」
 相当驚いているらしい。かなりの勢いで転げ落ちそうになった。
「ちょっと動くなって、落ちるぞ」
「ごめん、ありがと・・・」
 知夏の顔がすこし赤くなっているのは気のせいだろうか…そうであってほしい、でないと陽輝も変な気を起こしそうだった。とりあえずおろす。
 なにか話そう。そうじゃないと間が持たない・・・。
「そういやお前って何月生まれなんだ?」
 自分が五月生まれだから年子なのだろう。しかし、生まれる前に離婚をしていると言うのでまったく予想がつかない。
「・・・」
「悪い、気にしてたか?」
 知夏は首を横に振った。
「驚くと思うよ・・・?」
「多分大丈夫だと思うぜ」
「それじゃあ・・・えっとね・・・」
 今日は何から何までびっくりしっぱなしだ。なんとまったく同じ日なのである。さすがに言葉も出なかった。
「どう?驚いた?」
「ちょっとはびっくりしたけどね・・・むしろ嬉しいよ、なんか運命みたいじゃん」
 本音である。しかし知夏にとっては相当安心する言葉だったらしい。突然腕に手を巻きつけてきた。
「えへへ、ありがとうお兄ちゃん」
「ばかだな、気にしないって言ったところだろ?」
「うん!」
 とりあえず一件落着、これで昨日までとすこしちがうだけの日常がやってくるとこのとき陽輝は思っていた。もちろんそんなあまいことがあるはずも無く。問題はすぐに浮き彫りになった・・・。



 次の日――



「お兄ちゃん。早く起きないと遅刻しちゃうよっ」
「わかってるよ・・・でもあと五分」
「そんなことしてたらお昼になっちゃうよ〜」
 ここにきて陽輝の頭はやっと起きた。
「ううっ、おっ重・・・」
 目を開けてみる。そこには知らない少女が…
「だ、誰?」
「あひっど〜いお兄ちゃん。なにいってんのよ!」
 いや、別にうそは言っていない。少しボケていただけだ。
「っていうか何でお前がこの部屋にいんだよ!」
「いつまでも起きないお兄ちゃんがわるいんでしょうが!」
 あっそれもそうか。しかしそれはおいといて早くどいてくれ。おれだって押しつぶされて死ぬのは嫌だ。
「も〜自分のことは棚に上げて」
 そうだこんなことをやっている場合ではない。早く飯を食わなければ。
「それなら大丈夫、もうできてるよ」
 ところがどっこい、大丈夫ではなかった。陽輝はこの日の過ちを一生忘れることはなかった…。


 その日は一日中散々であった。なんと知夏の作ったものは見た目こそ良いものの、味は文字通り殺人的だったのである。
「う〜んまだハラがいてえ」
「だからごめんって言ってるでしょう」
 こいつはわざとやっているのか?なんだかうそっぽい。
「そう言う問題じゃない!お前これから台所への進入禁止だ」
 とはいっても、陽輝もあまり料理が得意ではない。どうするべきか・・・。



 なんてことが幾度となく繰り返され(←兄妹そろって学習能力がない・・・)結局たいした解決策を思いつくこともなく半年が過ぎた・・・。(←おい!)



 月日のすばらしいというか恐ろしいというか、陽輝は知夏の料理のまずさを感じなくなるまでになっていた。まあそれもやばいといえばやばいのだが…。
 しかし、いくら自分が食えるといっても、さすがにそれを他人に勧めるだけの勇気やら図太さやらを手に入れたわけではない。
「文化祭だね〜」
 などと言う会話も聞こえるようになった。榊学園の文化祭は県の中でも有数の規模をもっており。各界、特に音楽系の有名人などもライブをしてくれることで有名だったりする。
 が、ここでまたもやまんだいがおこった。クラスで出店をすることになったのだ。
「・・・だから言ってるだろう。お前は絶対にだめだ!」
 なんとしてでも知夏が作ることだけは回避しなければならない。そうでなければ被害者はどこまでものぼっていくだろう。
「でもさ〜、クラスで料理するのボクだけなんだよ?」
「そうだけどな、お前の作った飯を食えるの俺だけだぞ」
 というよりも、なぜうちのクラスのやつらはそろいもそろって料理ができないのだろう。絶対一人ぐらいはうそをついているはずだ…ということを思いつかないあたり、陽輝も天然である。知夏のことなど言える立場ではない。もちろんその部分に関しては本人もわかっているから、知夏にそのことを言ったことはない。(ちなみにその後の調査で本当のことだということが判明した(←!?))



 時は飛ぶように過ぎ…
 文化祭前日――(←こんなことでいいのか!?)



 その後結局このままでは何もならないと(ほかの出し物にするということを思いつくやつはいなかった)、知夏の料理の腕を上げようという方針になり、知夏も料理をするとかなりの確立でケガをするという欠点は残っていたが、食べられる料理を作れる様にまで成長していた。(もちろん他のクラスのメンバーもである。)
「ふう、これで何とかなるかな…」
 とりあえず出店で作るものを完成させることに成功したことで陽輝は安心することができた。
「別にもう私が作ることもないんじゃないの?」
 そう、実は知夏の腕を上げさせるための練習の中で陽輝の方が上手くなっていたのである。
「でも俺には他の仕事とかあるし…それにたまには知夏の作った物も食べたいしな」
「まあお兄ちゃんがそこまで言うのならやってあげてもいいけどさ…」
 知夏はそのままうつむいてしまっている。何か言おうとしているのか口を開けては閉じて繰り返している。
「どうした?」
「えっと、その…ね、あの…あっありがとうお兄ちゃん」
「なに言ってんだよ、べつになんもしてないぞ」
 その言葉で一度は笑顔になった知夏の顔が、またふっと暗くなった。
「まだなんかあんのか?」
「あのさ・・・お兄ちゃん明日って誰かと約束とかしてる?」
「ん?なんの」
「だから、一緒に見て回るみたいな・・・」
「あっそういうこと。別にないけど」
 悲しいかな本当のことである。一応努力はしてみたのだが、なぜか報われることはなかった・・・。
「じゃあさ・・・ぼくと一緒に行かない?」
「・・・は?」
「べっ別に深い意味じゃなくて、お兄ちゃんが一人だったら寂しいのかなあって思っただけで、その・・・」
 正直どう答えていいかわからなかった。しかし、このままでは寂しい文化祭を送ることになる、迷いは一瞬だった。
「いいよ、一緒に回っても」
 ここにきて、ようやく知夏の顔に笑顔があふれた。
「よかった〜。無理って言われたら今までのことが台無しになっちゃうとこだったよ」
 このとき陽輝は何気に発せられたこの言葉をききのがしてしまった。



 次の日、文化祭当日――



 知夏の担当は午前中だった。なんとその日はケガをすることも、その他たいした事故をするでもなく、順調にやりきることができた。(もちろん陽輝は仕事の合間に食べにいった)
 午後には陽輝も合流し、他のクラスの出し物を見て回ることにした。
「ねえ、次はあそこにしようよ」
「・・・」
 なんとお化け屋敷である。
「どうしたの?お兄ちゃん。あっまさかダメとか?・・・なわけないよね、お兄ちゃん強いから」
 そのまさかだった。しかし兄の威厳にかけて気付かれるわけにはいかない。なんとかごまかせないだろうか・・・。
 なんていう心配は不要だった。相場から考えればまったくと言っていいほど怖くなかった。のだが・・・
「いや〜!こっちこないで〜」
 あきらかなオーバーリアクション、知夏の方が断然怖がりだったのである。何度か中で絞め殺されそうにもなった。
「はぁっ、はぁっ・・・お兄ちゃんはこ、怖くなかったの?すごかったじゃない。ほ、ほんとにぼ、ぼく、死ぬかと思ったよ」
「え〜と・・・まあ俺だって怖かったけどな・・・そんなことも言ってられないだろ」


 なんてやっているうちに文化祭も終わり、あとは後夜祭、つまりキャンプファイヤーだけとなった。
「楽しかったね〜お兄ちゃん」
 と知夏は満足そうだ、今日一日骨を折ってつきあったかいはある。
『うわ〜』
 キャンプファイヤーに火が付いた。陽輝もこれには感動していた。
「キレイだね、お兄ちゃん・・・』
 知夏もうっとりとした顔になっていた。
 そしてなにやら考えながら「うん、大丈夫」などとぶつぶつと言っていた。
 知夏は不意に真剣な顔になり、
「ねえお兄ちゃん、話があるんだけど・・・」
「な、なんだよ・・・」
 陽輝もまさかという思いはあったが実際に言われるとやはり動揺してしまう。
「あとでプールのところに来てほしいの」
「わ、わかったよ・・・」
 陽輝は何を言われるか大体の予想はできていたので、むしろどう答えるべきかを考えながらプールに向かっていた。


 プールに着いてみると知夏はすでにそこにいた。なにやら深呼吸をしている。
「知夏・・・」
 呼ぶと知夏は意を決したようにうなずくとこちらにやってきた。
「あのね・・・ぼ、ボク、お兄ちゃんのことがすっ・・・すっ、好きなんだ」
 やはり予想していた言葉だった。陽輝は今まで自分が感じていた気持ちが何なのか少しわかってきた気がした。しかしやはりそれはいけないことなのだと、はっきり言おうと思った。
「俺もお前のことが好きだよ」
「じゃあ・・・」
「でも、多分この気持ちはお前の言う好きと違うと思うんだ。だから、お前の気持ちに応えてやることは、できない・・・」
 すると知夏は目に涙を浮かべながら走っていってしまった。


 その後陽輝はクラスの打ち上げをすっぽかし家に飛んで帰った。
「ただいま〜」
 まだ帰っていないのか、返事は返ってこなかった。
「お〜い。いないのか〜」
 自分の部屋に行こうと二階に上がったとき返事のなかった理由が判明した。
「うっ、ぐす・・・」
 半ば予想はしていたが、知夏は泣いていた。
「なあ知夏、俺が言うのは間違っているかもしれないけどこれは言わせてくれ」
「ぐすっ・・・ひっく」
 陽輝は知夏の部屋のドアにもたれかかった。
「ほんと言うと俺にも良くわからないんだよ・・・でもこれは言えるんだ。あそこで俺がもしOKしていたとしてみろ、その後でもし別れることになっちまったとき、お前元と同じ関係でいられるって言い切れるか?」
「そんなの・・・」
「当たり前とは言うなよ。そんなこと俺にもわからないんだから。だけどこのまま兄妹だったら離れることはないだろう?」
「お兄ちゃん・・・」
「だからさ・・・今はこのままじゃダメか?」
「・・・」
 そう言って陽輝は自分の部屋に入っていった。


 翌朝。
「お兄ちゃん・・・」
 知夏はこれだけは言っておこうと思っていた。
「なんだ?」
「お兄ちゃんの言いたいことはわかったよ」
「そっか・・・」
「でも」
 すこし陽輝は驚いた。一体何を言われるのだろう。
「今回はいいけど、絶対にあきらめないからね!」
 知夏は笑顔でそう言った。



 それから二年、陽輝やその周りの人々によるほんとうの物語が始まる・・・。



JACKPOT58号掲載
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