金魚鉢 〜内藤さんのとある一日〜

花笠 柚癒

*昨年の文化祭号を読んでいない方への簡単なあらすじ*
 初めまして、諸君。私こそが内藤である。私は、とある事情から、謎の黒い集団に追われていた。奴らの手から、華麗に逃げ出したのはよいものの、私は無様にも川辺に打ち上げられてしまったのである。そこを、当時中学生だった水樹(みなき)と市来(いちき)に拾われ、その上黒い集団を追い払ってもらってしまった。今は、その恩を返すという名目の元、水樹の家で世話になっている。ああ、驚かないでほしい。私は話のできる魚なのだ。居座って早幾年。奴らは、高校生になっていた。


「私は、明日人間になる」
「……はあ」
「阿呆か、お前は」
 この魚はいきなり、突拍子もないことを言い出した。
「ふん、馬鹿だと思ったな? 今に見ていろ。明日には、必ずや貴様らを驚かせてやろう」
「でも、いったいどうやって?」
「いい物をもらったのだ」
 無駄に自信満々だ。どうも気に入らない。というか、内藤はどこからどう見ても魚だ。これが、明日になって人間になったなんて事が起きたら、それこそ研究施設にぜひとも謎を解明してもらうべきだ。
「なら、明日は部活もないし、それが本当かどうか見に来てやるよ」
「ほう、百聞は一見にしかずとも言う。よい心がけだ」
「これで、明日お前が魚のままだったら、その場で捌いてやる」
 もともと、こいつの体の構造には、拾った当時から興味があった。こんな変な魚、どこを探してもこいつ以外にはいないだろう。
「ふん、いいだろう。その代わり、私が人間になっていたら、一日付き合ってもらうからな」


 次の日の昼前、水樹の家を訪ねたときに扉からのぞいた人影に、俺は驚愕した。そこには、明らかにこの国の人間のものとは違う、鮮やかなピンク色の派手な頭をした、ちょっと悔しいことに美形のおっさんが立っていた。これが、あの内藤らしい。水樹の部屋に戻ったとたんに、さも得意げに言い放った。
「見たか、市来!」
「ああ……みたから、ちょっと黙ってろ」
「びっくりしたよー、朝起きたら知らない人がいるんだもん。思わず、うさちゃんを顔面に投げつけちゃった」
 といって、翠は割と大きいウサギのぬいぐるみを指差した。
「まったく、何事かと思ったわ」
「それは、どう考えてもお前が悪い」
「まあ、そんなことはどうでもよいのだ。付き合いたまえ」
「付き合うっていったって、どうしたらいいの?」
「とりあえず、優雅に昼食をいただきたい。そうだな、なつかしのフランス料理なんかでどうだろうか」
「フラ……そんなもの、高校生が出せる額なわけがないだろう!?」
 とりあえず、「なつかしの」という部分はスルーすることにした。今は、それどころじゃない。
「さすがに、それは難しいですよ」
「ふむ……それでは、どうすればいいだろうか」
「まー、昼飯なら無難にファーストフードか?」
 多少、時間帯の問題で込んではいるだろうが、圧倒的にフランス料理よりかは、ましだろう。
「して、そのふぁーすとふーどというのは?」
「いけばわかる」


 昔と変わらず、俺の基本移動手段は、徒歩か自転車である。今回は、俺の自転車で翠と二人乗りをし、翠の自転車に内藤が乗る方式をとってみた、のだが……。家の前で、早速考え直さざるを得なくなった。
「何だ、この自転車とやらは! ちっとも前に進まないではないか!」
 自転車にまたがったはいいものの、バランスがとれずに、べダルをこぐことすらできないおっさんを見ていたら、なんだか悲しくなってきた。
「あああ、やめてくれ、いい年こいてこんな往来で幼稚園児みたいなこと言うのは! 恥ずかしいだろ!」
「でも、これじゃあ外食にはいけそうにないですね」
「私は、なんとしてでも行くぞ! この自転車とやらがなくても、歩いていくことならできるだろう」
「却下。時間がかかるから俺がひとっ走りしてくる。翠、早く内藤つれてけ」
「え、ああ、うん」


 とりあえず、無難なものを買ってきてみた。ごたごたのせいもあり、すでに時刻は二時を過ぎていた。
「わわわ、内藤さん、何してるんですか!?」
 声に釣られて、そちらを向くとないと魚が奇妙な行動をとっていた。今まで生きていた中で、ハンバーガーをご丁寧に解体する奴を見たのは、初めてだ。
「ばらしたら、意味ねえだろ。何のための、手軽さ重視だよ」
「こう、解体したくならないか、この形」
「もう、おなじみ過ぎますから今更、疑問も何もありませんよ」
「ふむぅ……む、この芋はなかなか美味であるな」
「お気に召しましたか、馬鹿紳士」
「うむ、しかし、あれだけ騒いだら眠くなった。寝る」
 そのまま、ぼてっと床に倒れる。今日一日、どれだけ自由気ままに生きる気だ、こいつは。
「次におきたら、今度は何を要求してくると思う?」
「そうだなあ、夕食あたりが妥当な気がするけど」
「昼寝のつもりだったら、遅めのアフタヌーンティーを要求しそうな気もする」
 紅茶をたしなむのも、紳士の勤めであるとか言い出す奴が簡単に想像できた。
「とりあえず、今はこのまま寝かしておいてあげよう? 何か上にかけるものとってくるよ」
「じゃあ、俺も」


「……あれ?」
 部屋から戻った俺たちを出迎えたのは、眠っているため一見死んだように動かなくなっている、見慣れたピンク色の魚だった。
「戻ってるね……?」
「戻ってるな」
 内藤がもらった「いいもの」とやらの効き目が切れたのだろうか。教えるべきか悩んで、結局現実を突きつけてやることにした。
「おい、内藤起きろ」
「んー……何事だ?」
「内藤さん、お魚に戻ってますよ!」
「……しまった!」
 どうやら、「いいもの」の効果は、寝ると消えてしまうものだったらしい。
「あれだけ、寝てはいけないと言い聞かせていたのに……!」
「その割には、普通に寝てたが」
「いうな! いってはいけない……!」
 内藤は、いつもの金魚鉢へ納まった。
「まだまだ、やりたいことがあったのに……アフタヌーンティーとか、コースのディナーを食べるとか……」
「もはや、ドンマイとしかいえないです」
 確かに、多少楽しかった面もある。
「けどやっぱり、内藤は魚のままが一番だと思う」
「市来……!」
「人になられても、困るだけだからな」
「そうですね、やっぱりこうやって金魚鉢の中にいる内藤さんのほうが、私も好きです」
「水樹……!」
 正直、これ以上うっとうしさが増しても困るだけだ、とはいわなかった。もう、二度と変な気は起こしてもらいたくないというのが、本音だ。


=やっぱりよくわかんないよ(あとがき)=
 初めましての方は、初めまして。花笠 柚癒と申します。相変わらずの締め切りぶっちぎりです。また、ページ規制かかっていたので、まとめるのに一苦労しました。大分と削ってしまったので、内容がぺらっぺらです。後、作業中のBGMが、なぜか安眠促進曲でした。明らか選択ミスです。日付変更前から、すでにあくびがとまりません(ぉ これじゃあ、徹夜前におふとん入りだよ!←
 去年のネタ引きずってみました。フォントも一緒のものを使ってます。短編掲載型の私は、次から次へと設定出さなきゃいけないので、すっかり彼らの名前を忘れてしまっていました。ごめんね、二人とも……!



2009年文化祭特別号『ワンダーランド』掲載
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