僕と彼女と星占い

花笠柚癒

俺、君家潤霧おうや うるむの日課、毎朝星占いを見ること。


『次は、今日の星占いでーす。』
待ってました!とばかりにテレビの前へ走る。これを見逃しては、今までの聞いててもつまらないニュースに耐えた意味がなくなってしまう。特に最近注目しているのはなんと言っても恋愛運である。
この前まではどうでもよかったのだが、今では必要不可欠になっている。
『第十位は───…』
ちなみに俺はふたご座である。そして、この星占いは最後の最後まで十二位と一位を発表しない。それまでにふたご座という文字が出なければ、遅刻をかけたダッシュ登校というなんともスリリングなことを敢行せねばならなくなる。いや、もちろん一位になったほうがうれしいんだが…。
『今日の三位はふたご座のあなた!友人からいい知らせが入るかも!』
ほう、今日は三位か。まずまずだな。しかし、友人からのいい知らせとは一体何なのだろうか。


「潤霧って絶対、人にだまされやすいと思うんだよね。」
登校早々、友人の竜胆輝りんどう ひかるからそんなひどいことを言われた。いやいや、だからといって気を落とすのはまだ早い。多分、いい知らせはもっと別にあるはず…。
「僕的には星占い自体がまず詐欺に等しいんだと思うんだ。」
「いや、あのチャンネルの星占いはよくあたる。ずっと見てきた俺が言うんだから間違いない。」
「…すり込みってのは怖いものだね。」
「ところで!その占いで言っていたんだよ。今日、友人からいい知らせが入るかも!って。」
「いい知らせが入る…かもなんでしょ?やっぱり当てにならないと思うけど。」
「とかいいつつ、何かあるんだろ?もったいぶってないで教えてくれよ。お前、情報屋なんだからさ!」
そう、こいつはこのクラスで知らない人はいないほど有能な情報屋なのだ。近所のスーパーの安売り日といった身近なことからどこでどうやって手に入れたのかわからない、ある種違法になりそうな個人情報までそろえている。…もちろん、情報料もそれ相応な分だけとられるが。はぁ、とため息をつき、輝は言った。
「今、僕が教えられることはそりゃ色々あるけどさ。でも、今月もうお金ないって言ったのは潤霧でしょ?」
「…───っ!」
お恥ずかしいことにそんなことはすっかり忘れていた。
「仕方がないな…木曜日、この近くの商店街で福引があるよ。一等商品は遊園地のペアチケット。」
「遊園地のペアチケット…!」
「ちなみに、商店街内にある店のレシート千円分(合算も可)で、一回できるよ。これで、一ノ瀬さんをデートに誘えたらいいね〜。」
「そう…なんだけどなぁ。」
そう、俺が最近恋愛運を気にしているのは、このためだ。ついこの間、隣のクラスの一ノ瀬こと一ノ瀬小桃こももにほれてしまったのだ。
「しかし、一ノ瀬はそういうの好きなのか…?」
「うーん、知ってるけどいえないなあ。お金払ってくれないんでしょ?」
ニヤニヤしながらこっちを見てくる。この守銭奴め…!
「こんな情報にお金使うんだったら、レシートどうやって集めるか考えたほうがいいんじゃない?」

「とりあえず、俺が持っているのはこの前使った百五十円分か。輝、お前はレシート持ってないか?」
「うーん、文房具とかならよく買いにいくけど…。えーっと…。」
といいながら、財布を取り出し中身をあさる。って、何でお前の財布はそんなに厚みがあるんだ。中学生の普段持ち歩く財布の厚さとは思えんぞ。
「あ、あったあった!はい、これ。ちょうど五百円分。残りは捨てたかもしれない。もしかしたら、家にとってあるかも知れないけど。」
「探してきてくれ。」
「ずいぶん偉そうな態度だねぇ。そうだなぁ、跪いて『哀れなわたくし私めにレシートをお与えくださいませ。』っていってくれたら考えてあげてもいいよ?」
笑顔でなんてことを言いやがるんだ、こいつは…。そんなこと、俺のプライドが許さないが…そうすると遊園地のチケットが手に入らなくなってしまう。プライドを捨てるか、チケットを捨てるか…。


「あ…哀れな、私めにれ、レシートを──…」
結局今の財政難からはどうしようもないということで、泣く泣くプライドを捨てることに決めた。
「竜胆君、こんにちはー。」
え…一ノ瀬…さん?
「おはよう、一ノ瀬さん。まだ朝だから、あいさつはおはようの方がいいと思うよ。」
「あ、それもそうですね。」
笑顔で言葉を交わす二人。どうやら、俺のことは目に入っていないらしい。うれしいような悲しいような…。
「ところで、今日は何の用事?」
「えっと、この前の情報のお代を持ってきたんです。」
「これはこれは。手間をかけさせてしまって申し訳ない。」
「いえ、いいんですよ…あれ?もしかしてそこにいるのは君家君ですか?」
「え…?」
しまった、気づかれた。顔がわからないようにわざわざうずくまったのにどうしてわかったんだ、一ノ瀬…。輝、何とか言ってごまかしてくれ!と目で訴えかけてみるが、こいつの性格上それが逆効果になることを俺は忘れていた。
「実は彼、僕に福引のためにレシートをくださいって懇願しにきたところだったんだ。」
「福引…あぁ、明日やるんでしたよね。」
「そうそう。で、わざわざ土下座してまで頼み込んできてさ…こっちが困っちゃったよ。」
「そうだったんですか…君家君も、竜胆君も大変だったんですね。」
「ちょっと待ったあ!輝、てめぇ一ノ瀬に嘘吹き込んでんじゃねぇ!一ノ瀬、違うんだ。こいつがレシートがほしければひざまずいてどうとかって言い出したんだ!」
「人聞き悪いなぁ、潤霧ったら。僕がそんなひどいこと言うわけないじゃないか。」
「あはは、大丈夫ですよ君家君、一回は無料でできますし。あ、よかったらこの引換券、もらってください。」
「あ、ありがとう。」
「よかったね〜、潤霧。」
こいつ、人事みたいに笑いやがって…いや、まあ実際人事だが。


かくして、福引当日。俺には一回の無料分と一ノ瀬にもらった引換券で二回分の権利がある。これを使ってなんとしてでも、チケットを我が物にしなければ!ちなみに今日の星占いでは残念なことに十位と微妙な位置だったが…たまには外れることだってあるだろう。少なくとも今日だけははずれであってほしい。

「はーい、残念!ティッシュどうぞー。」
俺の武器は見事にティッシュ二セットに変わってしまった。まぁ、ポケットティッシュ二個よりかはマシだからよしとするか…。
「あ、君家君。きてたんですね。」
「…一ノ瀬か。」
「あらら、外れちゃったんですね。やっぱり、狙ってたんですか?一等賞品。」
「あぁ、まあな…。」
一ノ瀬のために、とまではさすがにいえなかった。
「わかりました!私、小桃が一等賞品を見事に当ててみましょう!」
といった彼女の手に握られているのはたった一枚の引換券。つまり、条件的には俺と同じ。まさか、この二回で俺同様、一等賞品にチャレンジするというのか…?
ガラガラガラ───カラン
球の色は…黄色。この商店街の商品券(千円分)か。これでも俺と比べれば結構十分な結果だ。
「あらら、一等ではありませんでしたか…。では、もう一回!」
ガラガラガラ─────カラン
自分の目を疑った。自分で言ったにもかかわらず彼女も驚いていた。だが、この色を見間違えるわけがない。出てきた球の色は…金。
つまり───
「おめでとー!一等は遊園地のペアチケットだよ。おめでとう、小桃ちゃん!」
福引のおばちゃんが景気よく鐘を鳴らしながら、そういった。
「本当にあたっちゃいました。」
彼女は笑って戦利品を俺に見せた。そうして、信じられない言葉を言った。
「はい、どうぞ。」
「え?」
「君家君、狙ってたっていってたでしょう。だから、あげます。私が持っていてもどうせ使わないから、宝の持ち腐れになっちゃいます。」
「じゃあ…一緒にいこう。そのチケットはありがたく受け取らせてもらう。でも、これはペアチケットだから、実際に当てた一ノ瀬も一緒に来ればいいんだよ。」
言っている自分でもどういう理屈だ、と思ってしまったが、地味に彼女を誘えたことには驚くしかなかった。彼女はくすっと笑ってこういった。
「…やさしいんですね、君家君は。」
「いや、別にそれほどのことでもないと思うけど…。」
「わかりました。私も行きます。」
期限が意外に短く、今週の土曜日までだったので、その日に遊園地に行こうということになった。その後細かい待ち合わせ場所などを相談してから帰った。


「というわけで、俺はとうとう彼女をデートに誘うことに成功したのだ!」
「潤霧の今の話を聞いている限り、向こうはデートだと思ってないような気がするけど。」
「! いや、そこは思っていても言っちゃダメなところだと思うんだけど…。」
「でも、まあよかったんじゃないの?結果的にそこで相手を自分にほれさせればいいわけだし。」
「そこが簡単にいったら誰も苦労しねぇよ。一応プランは練っていたりするんだけどな。」
「ベタに最後は観覧車で締める気でしょ?」
「…」
「まぁ、要はそんなことよりも気持ちなわけだし、とりあえず全力で頑張ってみなよ。一応、応援ぐらいはしてあげるよ。」
「相変わらず素直じゃないな、お前は。もうちょっといい言い方はできないのか?」
「じゃあ、やめるよ?応援。」
「いや、それだけは勘弁してくれ…。」
お前は体験したことはないだろうが、実際二人きりの状況で無事に相手と話ができるか、考えたら結構不安になるもんなんだぞ。


とうとう決戦の日が来た。今日の星占いでは…いや、あえて言うまい。だが、アドバイスだけは覚えておかなくては。
『何か大きなトラブルがあなたの身に起きます。』
大きなトラブルって何なんだろうな…。デートの日の朝一番にそんな宣告されたら困る。だからといって、対策のとりようもない。
「君家君、こんにちは。待たせてしまいましたか?」
「いや、ぜんぜん待ってない。今、来たところだから。」
実際は待ち合わせ時間十五分前からここにいたが、こういうときは対外こう答えるのが筋ってもんだろう。
「そうですか…よかったです。」
遊園地までは電車で十五分あればつく。それに駅から直結だから、そんなに歩く必要もない。割と近場にあるから、あえて午後から行くことにしたのだ。そうでないと観覧車に乗るときに、ほらあの…夜景が素敵だね、とかキザな台詞がいえなくなってしまう。別にそんな台詞は言ったところで引かれるのがオチだろうからいう気もない。が、観覧車に乗るからにはそれなりの雰囲気はほしかったのだ。

「結構広いんですねー。」
俺もここに来るのは初めてだった。つい最近できたばかりらしいが、こんなに広かったのか。最初の言動からして、一ノ瀬もここにくるのは初めてらしい。もし俺がここにくるのが二回目以降だったら、これは楽しいよ、とかあれ怖いんだー、とかいえるんだがな。
「さて、どこからまわりましょうか?」
「そうだな…。」
現時刻は十四時二十八分。どのアトラクションも混雑していそうだが、待ち時間を含めても結構遊べるだろう。
「とりあえず、ジェットコースター系の物に乗りたいとは思うんだが。」
すると、一ノ瀬は一瞬眉根にしわを寄せ、考え込み始めた。
「いや、嫌いだったら別に無理しなくても───」
「い、いいえ、大好きですよ。ジェットコースター。」
さっきの行動といい、発言の焦り具合といい、どう考えても気を使わせている感じがする。こっちとしては、一ノ瀬に楽しんでもらいたいのだからそうされては困るのだが…。
「俺は、一ノ瀬の意見を尊重するからさ。行きたいところがあるんなら、いってくれ。」
また、しばらく考え込んでから彼女は言った。
「観覧車に乗りたいんですけど…こんな真昼間から乗っても何も楽しくないですよね!」
「…」
確かにこっちとしても、そういう機会に観覧車を使えなくなるのは結構手痛い。
「でも、私高いところが好きで…観覧車から夜景を見るのも味があっていいんですが、明るいときに乗ったら遠くまで見渡せてすごく気持ちがいいんですよ。
特に頂上に来たときには──…って、ごめんなさい。いきなり変なことについて語りだしちゃって…。」
「わかった。じゃあ、こうしよう。まず二、三個アトラクションを回る。そうすれば、時間的に夕方になるだろうから、そのときに観覧車に乗るんだ。」
うまい具合にいけば美しい夕焼けを背景にこの思いのたけを相手にぶつけることもできるわけだ。
「夕焼け時って昼と夜の境目みたいなものだから、考え方によっては一石二鳥みたいな気もするし。」
「そうですね、そうしましょう!じゃあ、まずはあれから行きましょうか!」
妙に生き生きとした彼女が指差したのは、ほぼ垂直に等しい角度で落ちる、急流すべりだった。


「あ、あの…本当に大丈夫ですか?」
「あ…うん。大丈夫…だと思う。」
あれから、あの急流すべりに始まって、結局ジェットコースターにも乗り(彼女は本当にジェットコースターが大好きだったらしく、連続で二回乗ることになった)、それからコーヒーカップと、こうも簡単に酔えそうなものばかり選択した彼女に付き合ったため、俺は乗り物酔いを起こしていた。一ノ瀬は見たところ全く平気そうである。なんて耐性が強いのだろうと感心してしまうほどだ。時計は十八時を指していた。夏場だからようやく空が紫がかってくる頃だ。
「じゃあ、そろそろ観覧車に乗りましょう。結構時間がかかるでしょうから、その間にきっと乗り物酔いも治りますよ!」
いや、観覧車に乗るんだから万全の体制で…と訴えようとしたが、あまりの気分の悪さに半ば強制的に乗せられてしまった。乗り込むとき、係員のお姉さんがこっちを向いて微笑んでいた。
「こうして、観覧車に乗るのは何年ぶりでしょうか…。」
西の空に夕日が沈みかけている。これぐらいの空の色が俺は結構好きだったりするのと、告白を前にして相手の顔をまともに見れないのとで、俺の首は右に九十度回転していた。頂上に着くちょっと前に告白する、と手はずを決めていた。頂上はもうすぐそこだ。扉についているバーに、手をかけて立ち上がる。
「い…一ノ瀬。」
今まさに告白を始めようとした直後だった。

 ガタン

何が原因かはわからないが、大きな音ともに観覧車のドアが開いた。もちろんバーを持っていた俺は必然的に外に投げ出される。何だこれは。頭がぜんぜん回らない。
何が起こったのかもすぐに理解できなかった。ぐんぐんと頂上が遠ざかっていく。そんな中で明確に理解できたのは、死ぬのではないかということだけだった。そして今朝の星占いのアドバイスがふっと浮かんだ。
『何か大きなトラブルがあなたの身に起きます。』
あぁ…これってこのことだったのか。それにしてもトラブルよりも事故のほうがあっているような…。


「君家君…っ!」
一ノ瀬の声が聞こえた気がした。それも近くで。
「君家君!聞こえていますか!」
なぜか彼女が横にいた。ということは…彼女も落ちているということだ。
「な、何で…落ちて…」
「後でお話します!いいからつかまって、着地しますよ!」


俺たちが落ちたのは奇跡的なことに、子供たちの遊び場空間にあるトランポリンだった。とりあえず助かったことがわかってまず安心した。もうあんな思いは二度としたくない。
「そういえば…どうして俺の後を追ってあんなことを…?」
「…最初、君家君の落下していく軌道上には、トランポリンとか衝撃を緩和してくれるようなものがあるから大丈夫だ、死にはしないと思ったんです。でももし、君家君が死んだらって考えたら…いてもたってもいられなくて。飛び降りてました。」
「そんな…一ノ瀬まで死んだらどうするつもりだったんだ!」
「私は…別に一緒に死ねるのならそれでもいいと思ったんです。あと、もうひとつ。これは根拠のない自信なのですが…。」
「?」
「今日の星占いで、私一位だったんです。だから、何とかなるかなって、軽い気持ちもありました。
『今日は何をやってもうまくいきそうな予感!』なんていわれたものですから、つい…。」
恐るべし、星占い。彼女が見たのも俺と同じチャンネルでやっていたものだったのだろうか。いや、そうに違いない。


結局、この騒動は大事にはならずにすんだ。だが、俺の告白大作戦は失敗に終わったし、彼女の真意もつかめぬままだ。
また、きっかけを作らねばならないのかと思うと、頭が痛い。余談だが月曜日、このことを輝に話すと大笑いされた。




JACKPOT57号掲載
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