花笠柚癒
久々の遠出だった。普段の生活環境と比べると格段に都会感にあふれている。遊園地なんかもあるらしいし、この忌々しい任務さえなければ白奈と…いや、何でもない。任務中に私情を挟むなんて…らしくないんじゃないの、俺。 事の発端は数ヶ月前だった。上の人間に数枚の資料を渡され、手短に説明を受けた。えーっと、何だったっけ…。 『某県の枝宮高校というところに、竜胆輝という凄腕の情報屋がおるらしいねん。え? そんな遠くはなれたところの人間が何の危害を及ぼすかって? あかんなぁ、今は大丈夫でも、この少年の情報はな、一般人の持つものとしては力が強すぎるんよ。だから、危険な芽は今のうちに摘み取っておこう★ってことで、彼の所持する情報の抹消と脅迫、よろしく〜♪』 そうそう、確かそんな感じの事をいっていた気がする。だから、俺は諸道具を持って、ここにやってきたのだ。しかし、抹消はともかく脅迫は人としてどうなんだろう。しかも、実行日が休日って…学校が休みだとか、考えないのか普通。人捜しはあんまり得意ではないし、時間も勿体ない。何かいい方法はない物か…。 神様がいたといたら、俺はきっと見放されているのであろう。ここに着いたのは九時前。現在時刻は十二時。三時間、学校周辺を捜してみたものの、いっこうに目標に近づいている感じはしない。最初の意気込み(元々少なかったが)も、とっくに消え果てた。今はもう、とにかく帰りたいとしか思えない…。下向き加減だった顔を、ふと上げる。俺は自分の目を疑った。目標がこっちに向かってきていたからである。とっさに状況を分析する。大丈夫、向こうはこっちに気づいていない。慎重に、資料の写真と顔を比較する。うん、眼鏡の有無の違いはあるけど間違いない。確かに、彼が竜胆輝のようだ。後は、すれ違ってから後についていけば─── 「痛!」 熱心に彼を観察しすぎて、俺は前にあった電柱に気づけなかった。おかげで頭をぶつけ、持っていた荷物をばらまいてしまう。しばらく、俺は自分の不注意を恨んでいたが、次第に落ち着いてくると、血相を変えて散らばった荷物を集める。この袋の中身は俺が国家スパイの一員である事を示すには充分すぎる。さっきの声を聞きつけたのか、竜胆輝がこっちに戻ってくるのが視界の端に見えた。たいした量が入っていなかったおかげで、彼に声をかけられる直前に集め終える事が出来た。 「君…大丈夫?」 「え、あぁ…大丈夫です。」 「そっか、ならいいんだ。ところで君、名前は?」 「え…?」 正直、困った。まさか平然と名前を聞いてくるとは思っても見なかったからだ。 「あぁ、ごめん。つい癖でね…答えたくないのなら、答えなくても良いよ?」 確かに、今本名を答えるのはまずい。だが、答えないのもなんだか相手の言葉に甘えたみたいで悔しい。 「あの…ハニーです。」 「ハニー…?」 今度は向こうが困る番だった。名前を聞かれて、ハニーなんて言う奴をきっと見た事はないだろう。対処に困るのも無理はない。しかし、彼は笑ってこういった。 「そう…ハニーだね?」 「そう、ハニー。」 言っていて馬鹿らしくなったのはあえて言うまい。こんな事になるなら、もうちょっとまともな名前を考えれば良かった。 「ところで、ハニー。今日は暇かい?」 「えぇ…まあ。」 「じゃあさ、デートしよっか。」 「…は?」 何を考えたのか、こいつは初対面である俺をデートに誘いだした。確かに、今はこいつの目を欺き、なおかつ正体をわかりにくくするために、女装している。だからといって…。 「で、どうなの? あれだけ僕の事を見つめてくれていたんだし、別に嫌ではないんでしょう?」 「…!」 やっぱり、気づかれていたか。まあ、あれだけ視線を浴びせられて気づかない人間の方がちょっと駄目だと思うけど。しかし、デートか…あ、でもこれは逆に任務遂行しやすくなるチャンスか? 「いい、ですよ。いっても。」 「わぁ、本当? 冗談のつもりだったのに、本気にしてくれたの?」 そう言って微笑む。あー、何かこいつといると妙な敗北感を感じさせられるな…。この微笑すらも嘲笑に見えて仕方がない。 「でも、デートって言ったって、何するんですか?」 「うん? あ、普通にその辺を歩くだけで良いんだ。もはや、デートと呼べたものじゃないけどね。」 それから数分後、俺たちはどこぞの商店街を歩いていた。こいつ…ただ者じゃないな。さっきから、ただ喋っているだけとはいえ、一切隙がない。あえて、情報屋である事を確認した上で話を広げるという考えも浮かんだが、それだと、なぜ知っているのかと怪しまれてしまうだろう。 「あ、みてみてハニー。あのお店の前! ツインテールのピンク髪がみえるよ。何かのキャンペーンガールかなぁ。」 あの店って…遠いな。眼鏡を掛けなきゃいけないほど視力が悪い癖に、よく見えるな、オイ。…って、あれはまさか──── 「ハート…!?」 蜜一行が、『ハート』と言う名の少女を目撃してから、少し後のこと。 「ねぇ、司。」 「ん、どうした、愛美。」 「あそこにいる二人組の片方ってさぁ、蜜じゃないの?」 「んー…よく見えんな。」 「…でね、スペード様は『蜜を捕獲してこい。』って言ってたよね?」 「まあな。」 「だから、とにかくあいつが蜜なのかどうか調べる必要があると思うの。」 「そりゃ、そうだな。」 「行って来るわ。」 そういうなり、ハートと呼ばれた少女、愛美が買い物に来ていた店を飛び出した。 「おい、俺をおいていく気か。」 と、後ろから一緒にいた少年が呼びかけるが、彼女の耳には届かなかった。 そのピンク頭は、僕たちの方にやってきた。そして、口を開くなりこう言った。 「あのー…もしかして、あなたはk──」 「あはは、違いますよ。私は、ハニーです。」 焦りからか今までより甲高い声で、俺は彼女の声を遮った。どう考えても、こいつ俺の本名を言おうとしていたに違いない。それは困る。なぜなら、俺の隣にいる奴には決して本名を知られるわけにはいかないからだ。だから、この際、怪訝そうな顔をしているそいつは、あえて無視する物とする。 「え、あ、すみませんでした!」 彼女は頭を下げて走り去る。が、その先にもう一人、敵はいた。 「(クローバーもか…)」 二人はどうやら何か話し合っているようだが、さすがにここまでは内容が聞こえない。 「お前…。」 クローバーこと司は、こちらに振り向き、あろう事かそこから大声で俺にこう言い放った。 「お前…女だったのか!」 「ち、違う! 誰が女か!」 その場の空気が凍った。やってしまった。そう後悔しても、後の祭りである。 「やっぱり、あんただったのね!」 「あの、何がなんだか、僕にはさっぱり…。」 輝だけが、この場の流れについて来られていないが、まあそこは説明している時間もないし、知られるわけにもいかないから黙って走るように促す。 「まいた…か?」 そうつぶやいて、隣にしゃがむ人影をみる。ちょっと、速度面で無理をさせてしまっただろうか。だけど、こいつ俺より年上なのに、体力ないな…。 「さっきの…何だったの。」 「今は、話せない。」 「なら、深入りはしないことにしておくよ。」 「とりあえず、今は奴らからいかにして逃げるかを考えなきゃ…。」 「そうそう、ましてや一般人まで守りながら走らなきゃいけないんだしね♪」 「くそ、もう追いつかれたか…!」 「一般人に合わせたそんなスピードで、あたし達をまけるとでも思ったの?」 「ここで、捕獲する。」 「…お前は、逃げろ。危ないから。」 「ハニー…?」 「こんな奴ら、俺がちょっと本気出せばすぐやっつけられるんだから。心配はいらない。」 「二対一なのに?」 「仕方ないだろ! お前が戦えるわけでもないのn───」 そう言いかけたとき、俺の視界には、宙を舞うクローバーが見えた。唐突な事で、俺もハートも、当のクローバーも事態を把握するにはしばらくの時間を要した。 「僕は、合気道やっているから…それなりに戦おうと思えば戦えるんだよ?」 「今のは、まぐれかも知れないだろ。」 起き上がりながら、クローバーが言う。 「そうかな。なら、もう一度試してみる?」 にっこりと挑発的な笑みを浮かべる輝。一触即発の空気が当たりに漂い始める。が、助け船は意外な所からやって来た。ハートの携帯が鳴る。 「あ、クローバー。スペード様が緊急の用事があるから至急集まれだって。」 「目標は前にいるだろう。」 「何よ、クローバー。あんた、スペード様の命令を聞けない、って言うの?」 ハートからは、すごみを帯びた気迫が感じられる。逆らったら…どうなるかはクローバー自身がよく知っている。 「…わかった。」 そうして、彼らは俺たちの目の前から去った。このときばかりはスペードに感謝した。 辺りはすっかり暗くなってきていた。俺は、結局何の情報の抹消も果たせていない。…帰りたくないなぁ。 「どうしたのさ、ハニー。ずいぶん暗い顔をしているみたいだけど?」 「いや、まぁ、いろいろあって…。」 「大丈夫だよ、何とかなるって。」 気が付けば、駅まで来ていた。そういえば、俺が駅まで送ってくれって言ったんだっけか。 「今日は楽しかったよ。初めてあった人とこんな風に過ごすのも悪いものじゃないね。」 あんなことがあったのに、よく笑っていられるな、こいつ。 電車が来たらしい。人が沢山改札に押し寄せてくる。と、その中によく知っている顔が混ざっていた。そいつは、俺を見つけると走り寄ってきた。そして、一言。 「遅い。」 白奈だった。彼女は、上の奴から伝令係として派遣されたらしい。つまり、それは奴が相当怒っていると言う事で。 「全く…らしくないね。ふだんはこういうのならさっさと済ませて帰ってくるのに。」 俺は背後を気にしつつ…って、何か熱心にメモ取ってるんですけど。何してんだ、あいつ。 「何というか…予想以上に難航してさ。隙が無いというか、何というか。」 「…あれが?」 白奈が俺の後ろにいる人物を見て怪訝そうな顔をする。 「そう、あれが。」 そういって、もう一度振り向いてみる。…今度は手を止めて、早く話をしろとでも言うような目でこっちを見つめている。まさか、話の内容をメモしてるとか…? それはまずい。 「白奈。」 「…何?」 「今から遊園地に行こうと思うんだけど。」 「…え?」 「もしかしたら、あいつに会話の内容をメモされてるかもしれない。だから逃げるためにさ。あくまで、逃げるためだから。」 「別に…いいけど。」 「よし、決まり。じゃ、切符買っといて。一応、あいつのメモの内容確認してくるから。」 くるりと後ろを向き、輝に歩み寄る。 「どうしたの、ハニー? 彼女と今からデートなんでしょ?」 「な、違う! あれはあくまで、お前から逃げるための…! って、そんな事はどうでも良いから、さっきのメモ帳出せ。」 「? はい。」 俺は急いで内容を確認する…が、中には文字と呼べそうもない謎の記号が並んでいる。…さっきはこんな物をずっと書いていたって言うのか? 「読めないでしょう。というか、これがちゃんとした文字の一種だって事も知らないんじゃないかな?」 「これは、文字って言わないだろ。」 「まあ、名前には『記号』って入ってるんだけどね。」 …最後の最後までこんな調子か。悔しかったので、隠し持っていたペンで一本、適当に線を引いてやる。これが文字だというのなら、これで少しは内容が理解できなくなるだろう。でも、こういう事で勝利を得る辺りが…やっぱり悔しい。手帳を返し、白奈が待っている改札へと走り去る。別れ際に、あいつがなにか言っていたような気もするけど気にしない。白奈から切符を受取、そのまま帰る方向とは逆の電車に乗る。上の奴の事なんかもうどうでもいい。とりあえず、この千載一遇のチャンスを楽しもう。 ちなみに、遊園地内では常に視線を感じていたり、青い頭の奴と偶然にしてはわざとらしい頻度で会ったりしたがような気がするが、意図的ではない…だろうと思ってやる事にした。 =あとがきっぽいよ(何= こんにちは、皆様。必須単語が「ハニー」ということで、久住さん宅から、みっくんと急遽白奈ちゃんもお借りする事になりました。しかし、この小説内の二人は、本物の二人ではないと思います。確認は入れてもらいましたが、やっぱり実物の設定から離れている可能性があります。ちなみに青頭は…青司君ですw ちなみに、これの一部(痛々しいほどに恋愛小説ものの台詞)を、AM1:00過ぎに書いていたりしたのですが、頭がはっきりしている頃に読んだら、恥ずかしくて死にたくなったので、消してしまいました。やはり徹夜はよろしくない。痛感しました。削除に関しての苦情は受け付けませんよ!(ぇ それでは、またの機会にお会いしましょう。花笠でした。 2008年度文化祭特別号『ff』ω掲載 背景画像:空色地図様 |